今回お話を伺ったあの• •

井 直大(い・なおひろ)
株式会社日本M&Aセンター/シンガポール・オフィス/シニアディールマネージャー

明治大学卒。「将来は自分でビジネスをしたい」という思いから、在学中にはさまざまな経営者のもとへ足を運ぶ。日本M&Aセンターに入社後は、コンサルタントとして中小企業のM&A仲介を手がけ、新人賞を獲得。「大学時代に留学していたタイでM&A事業を立ち上げたい」という思いから、入社四年目からシンガポールに駐在。現在はタイの駐在事務所立ち上げの責任者を務める。

勉強もスポーツも、ずっと“二位止まり”だった学生時代

 
―現在の井さんのご活躍を紐解くために、まずはルーツについて教えてください。

二歳年上の兄がいた影響か、幼い頃から負けず嫌いで目立ちたがり屋な性格だったので、どうすれば目立てるか?ということを常に考えていました(笑)。
それが自分の原動力となり、学生時代は勉強もスポーツも目立てる程度にはできていたと思います。

ただ、どれだけ頑張っても決して一位にはなれませんでした。勉強もスポーツも、常に二位止まり。
負けず嫌いなのでとても悔しかったですが、だからこそ一位にこだわって努力し続けることができたのかもしれません。

幼少期から高校時代まで充実した生活を送っていた自分にとって、はじめての挫折経験が大学受験でした。
高校入学時にはトップクラスだった成績が、部活に力を注ぎすぎたこともあり、卒業時には下から二番目になっていました。

そのため大学受験では志望校に入れず、浪人生活が始まりました。
それまで大きな挫折を経験したことがなかったので、このときはかなり落ち込みました。
そのせいで勉強にもなかなか身が入らず、いわゆる“負のスパイラル”にはまってしまいました。

ただ、浪人生活をしているうちに、「今までは生き急ぎすぎていたのかもしれない」と思うようになりました。
将来について考えるひまもないぐらい勉強や部活に打ち込んでいたので、長い人生で一年ぐらい立ち止まって考えてみるのもいいのかもしれない、と。

それをきっかけに今までネガティブに捉えていた物事をポジティブに捉え直すことができるようになり、徐々に成績も伸びていきました。

「将来は自分でビジネスをしたい」という思いから、さまざまな経営者のもとへ足を運んだ

 

一年の浪人生活を経て、明治大学の情報コミュニケーション学部に入りました。
大学では自分で野球サークルを立ち上げ、同期と楽しく野球をやりつつ、さまざまなアルバイトをかけ持ちしていました。

また、そのころから漠然と「将来は自分でビジネスがやりたい」と思っていたので、周りの人に「知り合いに社長がいたら紹介してくれ」とお願いしていました。
ビジネスを学ぶには、経営者の話を聞くのが一番だろうと思っていたからです。

学生のために経営者が時間を使ってくれるの?と思うかもしれませんが、結果的にはベンチャー企業から上場企業まで、さまざまな経営者の方にお会いすることができました。
今思えば、学生だったからこそ時間を作ってもらえたのだと思います。社会人になってしまうと、何か下心があるんじゃないかと警戒されてしまいますからね。

中には長期的に懇意にしてくれる方もいて、経営の考え方や人付き合いのコツなど、さまざまなことを教えてくれました。
日本M&Aセンターという企業をはじめて知ったのもこの頃でした。

就活の軸は「成長マーケット」。その中で“縁”を感じたのが日本M&Aセンターだった

 
―どのようなきっかけで日本M&Aセンターを知ったのですか。

懇意にしてくれている経営者の方と食事をしているときに、その経営者の方と知り合いだった(会長の)分林が声をかけてきたんです。
そのとき学生だった私に分林が名刺をくれたことが、日本M&Aセンターという企業との出会いでした。

それから数年後に就職活動をはじめた私は、規模や業界を問わず「これから成長していくマーケット」に軸を絞って企業を探していました。
成長していくマーケットにいる企業からは新規事業が多く生まれるため、その中の一つを任せてもらえるような企業に入りたいと思っていました。

その観点で企業研究を行なっているときに再び日本M&Aセンターの名前を目にし、「これは縁があるかもしれない」と思い、自分から人事部へ電話をしました。
あいにく応募は締め切ってしまったと言われたのですが、空きが出たら教えてくださいと伝えると、本当に数ヶ月後に電話がかかってきました(笑)。

「やっぱりこの企業には縁がある」と運命を感じ、入社を決めました。

当時日本M&Aセンターの知名度はそれほどなかったので、有名大手に行く同期から白い目で見られたこともありましたが、人口動態から中小企業のM&Aニーズは今後高まっていくと確信していたので、まったく気にしていませんでした。

M&Aは「身売り」ではなく、後継者不足を解決する最適なソリューション

 

―日本M&Aセンターではどのような業務に取り組まれていたのですか。

私が新卒で配属された会計事務所チームでは、パートナーである会計事務所からM&Aのニーズがある顧客を紹介してもらい、顧客のM&Aに向けて話を進めていくという業務を行なっていました。
入社したてのころはパートナーとなる会計事務所がいないので、ひたすら電話をしてパートナーを探しました。

日本には後継者不足に悩んでいる中小企業がたくさんあります。
会社自体は黒字なのに、後継者が見つからないため80歳を過ぎても経営者をやめられない…ということもめずらしくありません。

当時はM&Aを「身売りだ」と揶揄する声も多くありましたが、今ではその後継者不足を解決するための最適なソリューションの一つとして認められつつあると思います。

活力のあふれるタイでM&A事業をやりたい。辞表を持って社長に直談判

 
―現在は海外事業部に所属され、シンガポールに駐在されていると伺いました。異動の経緯について教えてください。

入社二年目のときに新人賞をいただいて、やっと人生ではじめての“一位”になれたんです。
もちろんとても嬉しかったのですが、あんなに獲りたいと思っていた一位を獲ってしまうと、目標がなくなってしまったような気がしました。

そこで気分転換を兼ねて、学生時代に留学していた大好きなタイへ旅行に行きました。
留学時代に感じたタイの“活力”はまったく衰えておらず、どんどん成長を続けるこの国でM&Aの仕事がしたいと強く思いました。

そのためにはまずは英語を身につける必要があると思い、帰りの飛行機の中で「会社を退職してアメリカへ留学に行こう!」と決めました。思い立ったらすぐ行動しないと気が済まないタイプなんです(笑)。

その後すぐに辞表を書き、(社長の)三宅を「ご相談があります」と言ってランチに誘いました。
うちの会社はフラットな組織なので、三宅も「どうした?」と話を聞いてくれました。

そして会社を辞めたいこと、アメリカへ語学留学したいこと、将来はタイでM&Aをやりたいということをすべて伝えました。
すると、三宅は「英語を勉強したいならうちのシンガポール支店で働きながら語学学校に通えばいい。タイでのM&Aも、うちで事業を立ち上げればいいじゃないか」とあっさり言いました。

まさかそんな答えをもらえるとは思っていなかったのでかなり戸惑いましたね(苦笑)。
でも、そう言われてしまうと会社を辞める理由はどこにもなくなってしまったので、結局辞表は出さずじまいでした。

三宅からは「やりたいことをやる前にまずは一人前の成果を出せ」とも言われたので、三宅から出された課題を三年目で必死に実行し、シンガポール支店へ異動しました。

日本でもシンガポールでも、大事なことは“想い”を引き継ぐこと

 
―日本からシンガポールに異動されて、最初に取り組まれたことはなんですか。

まずどうにかしないといけなかったのは、語学力ですね。
自己紹介で「My name is…」程度のことしか言えない自分に焦りを感じ、勤務初日に語学学校へ飛び込みました(苦笑)。
あとは支店長のアシスタントとして資料作成などのサポートを行いつつ、案件の進め方について学びました。

ただ、しばらくシンガポールにいて思ったことは、日本でもシンガポールでも、M&Aのやり方は同じなんだなということです。
中小企業のM&Aにおいて大事なのは、お金ではなく“想い”を引き継ぐこと。
譲渡する経営者の方は、国籍に関わらず「自分の娘を嫁に出すような思いです」と口を揃えておっしゃいます。

その“想い”にフォーカスして進めることができれば、どこの国であってもうまくいくのだと思いました。

―現在はどのようなことに取り組まれていますか。

シンガポールでの“買い”ニーズと、日本での“売り”ニーズをつなぐプロジェクトを進めています。

例えば日本の温泉旅館などは、国内での“買い”ニーズがなかなかありません。
しかし、シンガポールだと富裕層の人たちが趣味でそれを買い、ビジネスにもつなげたりすることがあります。

今後日本の人口動態を見ると、まだまだ“売り”ニーズは高まっていくので、今後も大きな拡大が見込めるマーケットだと思います。

現在のプロジェクトと並行して、自身の目標でもあったタイでのM&A事業立ち上げも進めています。
コロナ禍の影響を受けつつも、早ければ今年中にタイの駐在事務所がオープンするので、そこの責任者として新たなチャレンジができることにわくわくしています。

“逃げるが勝ち”。勝てるフィールドで強みを伸ばし、“出過ぎた杭”になろう

 
―最後に、これからのキャリアを考える人に向けたメッセージをお願いします。

私は「逃げるが勝ち」という言葉が好きです。

自分が思うビジネスパーソンのあり方は、“勝ち続けること”。ただし、どの局面でも必ず勝てる人なんていません。
だから、自分が勝てるフィールドを探して勝負していくことが大事だと思っています。
逆を言えば、勝てない場面で無理に勝負をする必要はありません。

世の中ではどうしても「弱みを克服せよ」という“標準化”が求められがちですが、うちの会社では強みを伸ばして苦手なことは他の人に任せればいい、という考え方をしていて、私もそれに賛成です。
自分の強みに目を向けて、それをどんどん伸ばしていく方が、将来求められる人材になるはずです。

「出る杭は打たれる」という言葉がありますが、いっそ周りの人が打てないぐらい“出過ぎた杭”になってしまいましょう。
そういう人が、きっとこれからのビジネスを作っていくのだと思います。
 
 
 

インタビュアー:アイルーツ+(プラス)編集部 小笠原寛

1999年上智大学 経済学部 経営学科 卒業。
新卒採用責任者他、様々なHR事業経験を積む中で、本音の大切さを実感。
2012年にirootsに参画し、「学生と企業の本音フィッティング」に従事する。
横浜市生まれ、現在は岐阜県関市に在住し、自然と人との対話に耳を傾ける日々。

文・編集:アイルーツ+(プラス)編集部 西村恵

2015年にエン・ジャパンの子会社である人材系ベンチャーに中途入社。
2018年にエン・ジャパンに転籍後、新卒スカウトサービス「iroots」の企画として、
ミートアップやメディアの運営、記事のライティング・編集に携わる。
趣味は映画鑑賞・美術館めぐり。