「より善い社会を作りたい」ー多様な視点と行動力を併せ持つ京大生の熱意

「より善い社会を作りたい」ー多様な視点と行動力を併せ持つ京大生の熱意

【大澤健(おおざわけん)】
京都大学文学部3回生。滋賀学生コミュニティkaname代表。
大学で西洋哲学について勉強しながら滋賀県の学生コミュニティの代表を務め、未来の教育イノベーターを育てる活動にも携わる。哲学、地方、教育と一見バラバラに思える分野で精力的に活動を続ける彼の原動力"iroots"について探ります。

学生×地方、学生×教育で活動分野を広げる

──本日はよろしくお願いします。早速ですが大澤さんが現在注力している活動について教えてください

滋賀県学生コミュニティkanameの代表を務めたり、滋賀県基本構想審議会で若者の代表として意見を述べたりしています。また、FEISという大学生向け教育プログラムでメンターとして下級生の指導もしています。教育のイノベーションを起こすにはどうしたらいいかということを考えています。大学では西洋哲学の勉強をしています。

──幅広い分野で活動されているんですね。その中でも今1番力を入れていることは何ですか?

学生コミュニティkanameの活動に一番力を入れています。kanameでは年に一回「近江の国ミライ会議」というイベントを開催しています。初回だった一昨年は長野県小布施町で始まった若者会議をお手本にして「滋賀のミライを考える」をテーマに実施しました。でも小布施町と滋賀県では規模や状況が違うこともあって、想定した結果が得られませんでした。

そこで去年は「滋賀”で”ミライを考える」をテーマに、滋賀だけでなく全国から集まった参加者同士で議論したりマツコロイドを作った大阪大学の石黒先生に講演をしていただいたりしました。会議が終わってそれぞれの地元に帰った後に、新しい活動を始めたと報告してくれる参加者もいて、地方創生のネットワークが出来つつあるなという手ごたえを感じています。

悩み続けてたどり着いた「地方」という選択肢

──大澤さんが活動している地方、教育、哲学は一見バラバラな分野に思うのですが、何か共通点はあるのでしょうか?

共通点はあります。抽象度は高いですが、「今よりもより善い社会を作りたい、そのためには何ができるのか」という一貫した課題意識です。

まず「より善い社会を作りたい」って思った時に、そもそも善い社会ってなんだろうってことで最初は哲学に関心を持ったんです。でも、哲学というアプローチの現実との乖離を痛感する場面が少なからずあって...。そして次に、有効なアプローチではないかと思ったのが教育でした。人を創ることを通して社会を創るのが教育だという仮説を立てて教育に携わり始めました。しかし、教育も数ある手段のひとつであると実感するようになりました。
 

──なるほど。哲学も教育もいまひとつしっくりこなかったのですね。そこから大澤さんはどのように考えたのですか?

現実とのギャップのある哲学でもなく、一手段である教育にも縛られることもなく「より善い社会を作る」仕方を模索しようとしたとき、直面したのが「これからの社会はどうなるか?」という問いでした。そしてそのヒントを得るためのフィールドとして地方を思いつきました。課題先進国とも呼ばれる日本の中でも特に未来への課題を多く抱えているのが地方。だから地方に行ってその抱えている課題をいち早く感じ取ることで、これからの社会がどういう方向に進めば良いかを見つけられるのではないかと思って活動を始めました。

──「より善い社会を作りたい」という共通した課題意識に対して様々な角度からのアプローチをとっていらっしゃるんですね

はい。ただ、そのための手段については今も悩み続けています。わかっていたらもっと明快に活動ができるのですが(笑)。今は思いついたアイデアを地方で実験している感じですね。

中高時代の葛藤とそこから生まれた熱意

──そもそも大澤さんが「より善い社会を作りたい」と思ったきっかけは何だったのですか?

僕も、もちろん初めからそんなことを考えてはいませんでした。もともとは社会論というより幸福論について考えるところから始まりました。というのも、中高時代に家庭環境や学校のことが重なってしんどいと思う時期が多かったんです。それで、どうしたら幸せに生きれるのかについてよく考えていました。

そんな時にアドラー心理学について書かれた『嫌われる勇気』を読んでこれは面白いと思いました。そのあと、著者の岸見先生が学校に講演に来てくださったのをきっかけに個人的に交流するようになって、僕個人は精神的にかなり安定するようになりました。しかし、アドラー心理学も心理学の一派であり、その波及によってすべての問題が雲散霧消するといった簡単な話ではありません。そんなことを考えるうち、個人のレベルで問題をとらえるのではなく、構造やシステムといったレベルで物事を考えていかないといけないと思い、次第に幸福論から社会論へと関心がシフトしていきました。

―それは個人から社会へと視野を広げる必要性があったということでしょうか?

そうですね。自分は幸せに生きられると思ったけれど、結局一人で幸せになってもしょうがないなっていう。周りの人も一緒に、さらにもっと言えば世界中の人が幸せになれたらと思って、それで自然にどうしたら社会をより善くできるかっていう大きな問いに向かっていったのだと思います

大澤さんの”iroots”

──今までのお話を聞いて大澤さんは一つの課題に対する視点が多様だと感じました。どうしてそのような捉え方をできるようになったのですか?

それは部活の影響があると思います。高校では放送部に入っていて映像製作と朗読をやっていました。もともと映画がすごく好きで、高校時代は映画監督になりたいと思っていたくらいなんです(笑)。その時から、受け手側だけでなく意図や設計など作り手側の視点も意識するようにしていたので、その経験が様々な視点から物事を見ることにつながったと思います。あとは受動的に作品を享受するだけじゃなくて自分から仕掛けていく楽しさも知ることができて、それは映画とは違うフィールドでも監督やプロデュースをするっていう今の感覚にもつながっていると思います。

──視点の多様性だけでなく行動力にも結び付いているんですね。

行動力については縁”の考え方でいます。例えば、今入っている教育のコミュニティは、ILASセミナー(京都大学で主に1年生を対象に行われる少人数のゼミ)で知り合った先輩にたまたま紹介された人のつてがきっかけで関わり始めました。自分からチャンスをつかみに行くことももちろん大事だけれど、人からの「これやってほしい」を大切にするようにしています。よく「やりたいことがない」と悩む人がいますが、僕はやりたいことは自分が知っていることからしか生まれないと思っています。それに対して、「これやってほしい」は他人から見て自分に合っていると思ったことの提案かもしれないと考えています。なので、お願いされたことは基本的には引き受けるようにしていています。自分が経験してきたのは世界の一部に過ぎなくて、そうではないところに新しい可能性があるかもしれない、だからとりあえずなんでもやってみるというスタンスでいます

―大澤さん、本日はお話しいただきありがとうございました。
 

【編集後記】

「より善い社会を作りたい」という熱い思いを持ち、一つの見方にこだわらずに様々な視点から問題を捉え、それを解決するために行動し続ける大澤さん。彼の視点の多様性と行動力の裏には大好きな映画の影響や人との縁を大切にする考え方がありました。「今の自分に縛られたくない」と語る大澤さんの活躍にこれからも目が離せません。

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