津軽三味線世界大会準優勝のその先へ!国境を越えた成長

津軽三味線世界大会準優勝のその先へ!国境を越えた成長

【柳川貴穂(やながわきほ)】
慶應義塾大学文学部3年。彼女は現在、津軽三味線集団 弦音巴(おとは)の代表を務めています。代表を務める団体は三味線の世界大会で準優勝するほどの実力を持ちますが、その裏には三味線以外にも様々な経験、苦悩がありました。そんな彼女の"iroots"を探ります。

三味線世界大会準優勝!そんな柳川さんの経歴は?

──柳川さん、本日はよろしくお願い致します!
よろしくお願いします!
──早速ですが、柳川さんの現在の活動について教えてください。
はい。私は現在津軽三味線集団 弦音巴(おとは)の代表を務めています。実績で言うと、弦音巴は2018年5月の弘前での津軽三味線世界大会、10月の倉敷全国大会、12月の琵琶湖全国大会の合奏部門でそれぞれ準優勝という結果を収めることができました!
──準優勝!すごいですね。では三味線は昔からやっているのですか?
いえ、三味線を始めたのは大学に入学してからなんです。なので、先ほどの弦音巴の実績は私で言うと三味線を始めてから2年目に達成したものですね。音楽、という点で言うと小学生の頃にピアノを頑張ってはいました。
更に言えば、私は2歳から12歳の間はアメリカで過ごしていたので、日本ですら生活していません。日本での生活を始めたのは中学生の時からです。

三味線とは無縁の高校時代まで

5歳の頃の柳川さん。英語を勉強中の写真です。

部活を通して日本人へ

──では、高校の頃まで部活などは何をしていたのでしょうか?
私は中高6年間テニス部でした。すごいスパルタで、THE・体育会!って感じだったんよね(笑)。それで6年間物凄く練習したんですけど、全然いい結果が出なくて、とても悔しかったです...。でもこの6年間で人として強くなったのは間違いありませんし、ひたすら毎日同じことを続けたことが今では自信になっています。何より小学校までずっとアメリカ生活だった私にとっては、部活を通して日本人になる、という大事な経験ではありました。
──部活を通して日本人に?詳しく聞かせてください。
やっぱりずっとアメリカにいたので、日本人としての感覚があまりなかったんです。例えば、日本語だと話せはするけど、ちょっと文法や話し方がおかしかったり、友達が使うスラングが理解できなかったりしました。急に日本に来て、先輩後輩などの人間関係がよくわからない、などのカルチャーショックが大きかったこともありますし、中学生の頃ということもあって反抗期だったんでしょうね。それまで続けていたピアノもやめてしまいましたし、すごく精神的に病んでいました。そんな私にとっては、部活を通して日本人になれたという大切な時期だったと思います。
今振り返ってみても、このタイミングで日本に帰っていて本当によかったです。6年かけて日本人に染まり切ることができましたし、帰国生であるアイデンティティと、日本人としての意識がバランスよく形成されたのかもしれません。それにあれ以上アメリカにいたら本当に日本語を話せなくなってたと思うので(笑)。

最初は「外国」だった日本

──なるほど。アメリカにいた小学校時代はどんな子供だったんですか?
今でこそ意思が強いとか、しっかり自分の芯を持っていると思われがちですが、昔はとても気が弱くて、恥ずかしがり屋でしたね。人見知りすぎて、知らない人とは全然話せなかったです。自分に自信がなかったんだと思います
──そうなんですか!?そこからどんな風に変わっていったのでしょうか?
さっきの話とも少し重なるんですけど、中学入学から日本に馴染もうとした努力もあって、中学3年頃には生徒会に参加していました。そこで出会った先輩に外務省主催の留学プログラムに一緒に参加しないか、と誘われてダメ元で応募してみました。でもその頃はあまり勉強も頑張ってなかったし、最初は「行けたらラッキー」くらいの気持ちで応募してました(笑)。結果、生徒会の仲間数名と共に合格しました。これが日本に引っ越してから初めての成功体験だったので、とても自信になりました。

──実際に留学プログラムに参加した結果はどうでしたか?
このプログラムには全国から優秀な学生が集まっていたので、かっこいい人や、意識高くて頑張っている人とたくさん出会うことができて、すごく刺激になったのを覚えています。それで「私も頑張らないと」と思って、勉強なども頑張るようになりました。
それともう一つ大きかったのが、留学を通して仲良くなれた先生に色々な純文学を海外、日本問わずお勧めしてもらったことです。その先生が好きだったので、素直に読んでいって、そうする中で「ああ日本もいいな」と思うようになりました。そんな経験を通して、最初はもはや「外国」だった日本も好きになって、今では帰国生だからこそ日本とアメリカの良さがどちらも理解できていると思います。

三味線を始めたきっかけ

三味線に”ビビっと”きた

──なるほど。では、そろそろ三味線を始められたきっかけについて教えてください!
はい!大学1年の新歓期に遡るんですけど、友達から弦音巴のPVが送られてきたんです。それが凄くカッコよくて、テンション上がりすぎて眠れなくなっちゃったんですよね(笑)。完全に一目惚れして、実際に先輩達を見たら「みんな1年、2年しか三味線をやってないのにこんなに弾けるんだ..」と思ったんです。それで、自分を振り返ってみたらテニスを6年間頑張ったのに活躍できず、全然結果も残せていなかった。でも先輩達の姿を見て、「私も新しいことを始めたい!」と思ったんですよね。それにピアノの経験があるから音楽も馴染みがあるし、やっぱり日本文化が好きだったのもあって三味線を始めることにしました。
──昔の体験もあって三味線を始められたんですね!
そうです。「4年間続けられそう」と思ったのも大きいです。今でも毎日三味線は弾いてますしね。

──そこから世界大会準優勝の成績を収めるまでの流れはどうだったんですか?
去年(2018年)の5月に弘前での世界大会があって、それが弦音巴にとって初めての世界大会でした。その時は私はまだ代表ではなくて、去年の代表が引っ張ってくれた大会です。でもその時はまだ人数もギリギリで、出場すること自体が大事だと思って結果は気にしていませんでした。ただ一応世界大会だし、慶應の名前使っちゃってるし(笑)、ということで初めてとても真剣に練習したんです。そうして臨んだ結果が準優勝でした。
──突然の準優勝だったんですね。
そうなんです!しかも3連覇中の優勝チームとの点差があまりなかったんですよね。元々結果は重視していなかったんですけど、みんな「意外といけるじゃん!」って思いました。それに真剣に練習した分の悔しさが込みあげてきて、次は絶対にリベンジしようと思いました。
 

どんな大会にも意味がある

──なるほど。その後もまた色々な大会に出られたんですよね?
そうですね。前回のこともあって、10月の全国大会には本気で優勝しようと思って出ました。でも0.1点差で優勝を逃してしまったんです。自分が主導して出場したこともあって、これも凄く悔しかったですね。
ただその時、「このままいけば次の5月の大会は本気で優勝を狙えるんじゃないか」って思いました。そのためには当時1年生の後輩達のレベルアップが必要だったので、強引に12月の大会に出場したんです。というのは、私が最初の大会に出た時にそれですごくモチベーションが上がった経験がありましたし、大会の緊張感はやっぱり練習と全然違うじゃないですか。後輩達にも割とやる気のあるメンバーが揃っていたので、負荷をかけて経験を積ませるのはとても意味があると思いました。
結果先輩方の助けもあって準優勝し、実際に後輩達もこの大会を通してやる気を出してくれたので、いい大会になりましたね。

──こうして見るとあまり結果を重視していない印象がありますね。
はい。どの大会も準優勝ですけど、どの準優勝にも異なる意味があるんですよね。やっぱりどんな大会にも出る理由があって、出たことによる意味があるので、弦音巴のストーリーは奥深いんです(笑)。

三味線を広めていきたい

ジャンルを越えていく

──大会以外にも弦音巴は色々なジャンルとコラボしていますが、なぜですか?
私自身帰国生だったこともあってか色々なジャンルを越えることが好きなんですよね。フリースタイルバスケや、ダンスサークルとのコラボをしていますが、ダンスなどが好きな人に三味線が好きな人っていなさそうじゃないですか(笑)。そんな人々を巻き込んで三味線の良さを伝えていくことが目標ですね。実際に今年の新歓のPVはシティポップとの融合をコンセプトに作成したんですけど、それで入ってくれた新入生も多いと思います。
──柳川さんのように一目惚れしてくれたのかもしれませんね!

弦音巴は2018年三田祭メインステージでの単独公演も行っていました。公演名は「若煌」だそうです。
 

──最後にこれからの目標を教えてください!
やはり次の5月の大会での優勝を目標にしてきたので、一番はそれです。でも一つ物凄い誤算があって、令和最初の大会ということで参加チーム数が前回の倍以上いるんです。そこで優勝の厳しさは感じましたが、そもそも弦音巴の活動目的は「津軽三味線を広める」ことなので、大会は出場すること自体に意味があると考えています。なので、大会を通じてメンバーが津軽三味線をより好きになってくれれば、極論それだけでいいと私は思っています。もちろんやるからには優勝を目指しますが(笑)。
──頑張ってください!本日はありがとうございました。
ありがとうございました!

※後日談

5月の大会は優勝は逃してしまったものの、柳川さん個人では超大規模の世界大会ユースC級での敢闘賞を獲得したそうです。また9月には弦音巴初の単独公演を控えていると言うことで、その成功が次の一番の目標と語っていました。これからもご活躍を期待しています。

編集後記

いかがでしたか?過去の体験に根付く強い行動力や「続けることに意味がある」といった言葉が印象的な柳川さん。弦音巴の代表としての強い意志やリーダーシップを感じさせてくれました。

そしてやはり一つ一つのエピソードに意味を見出し、それを現在の自分に繋げるのは簡単なようで難しいことです。時には過去の自分と現在の自分の繋がりを振り返ってみてはいかがでしょうか?

参考URL 津軽三味線集団 弦音巴 Twitter Instagram YouTube 新歓PV

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