今回お話を伺ったあの• •

有馬 万理(ありま・まり)
株式会社土屋鞄製造所/経営戦略室海外事業

高校2年生からアメリカに渡り、ニューヨーク州立大学でアートマネジメントを学ぶ。2020年に土屋鞄製造所に新卒入社し、店舗や工房での研修を経て海外事業部に配属。現在は英語圏向けのSNS運営やプロモーションを担当。

獣医や美大を目指すも途中で断念…やりたいことがわからず迷走した中学時代

 
 
―現在の有馬さんのご活躍を紐解くために、まずはルーツについて教えてください。
 
 
幼い頃から一人で何かしら創作するのが好きな子どもでした。
その中でも特に絵を描くのが好きで、新品のキャンパスノートを1日で使い切ってしまうぐらい没頭していました。

あとは犬がすごく好きで、何故か図鑑に載っている犬種を全部暗記していましたね(笑)。公園に行ってはよその犬にがんがん近づいていったりして…。

凝り性でオタク気質なわりにすごくおしゃべりだったので、親からは少し変わっている子だと思われていたみたいです(苦笑)。

とにかく創作が好きで、一人で何時間も遊んでいたという

犬が好きだったことから将来は生き物に関わる仕事がしたいという気持ちが芽生え、中学は獣医学部がある私立大学の附属学校に進学しました。
そこで念願の生物部に入学したのですが、これが予想外に自分に合わず…。大好きな生き物の命が救えればいいですが、救えない命もあるわけで。血を見るような解剖も苦手だったので、自分に獣医は向いていないと感じました。

すると途端にこの学校でやりたいことがなくなってしまい、中二病もあいまって迷走し始めてしまったんです。

絵が好きだったので日本の美大を目指して受験対策の塾に通おうと思ったこともあったのですが、決められた時間に決められたテーマでみっちり絵を描くという作業がどうしても好きになれませんでした。しかも頑張って美大に入ったところで、アーティストとしての志向性がない自分は馴染めないだろうと思い、美大への道も諦めることに。

勉強もだめ、やりたいこともない、でもこのままエスカレーターで大学まで進んでいいんだろうか…そんなもやもやを抱えて日々過ごしていました。
 

オーストラリアの自由な価値観に触れ、「これかも」と思った

 
 
そんな私の転機となったのは、中学3年生のときに経験したオーストラリアへの語学研修でした。
学校の昼食中、一緒に食事をしていた現地の知人が “Nature!!!”と叫び、急に食べ終わったバナナの皮を草むらに投げ捨てたのです。これには驚きました。

「意味のないルールにしばられる必要はない」というオーストラリアの自由な価値観に衝撃を受けましたし、それと同時に自分がいかにルールに従って生きてきたのかということを実感しました。バナナの皮を投げ捨てるのが良いことか悪いことはさておき(笑)。

価値観が大きく変わったオーストラリアの語学研修

ホストファミリーと一緒に生活する中でお互いに驚くような価値観の違いもありましたが、それを共有することもおしゃべりな私にとっては楽しい経験でした。
語学を身につけて、もっと広い世界を見てみたい。この2週間の語学研修を通じて、やっと「これかも」と思うものに出会えた気がしました。

―そのあとはどのように行動されたのですか。

親に頼みこんで、高校2年のときにアメリカの高校へ進学しました。
当時の成績は下から数えた方が早い状態だったので最初は親も反対していたのですが、必死に英語の成績を学年上位に入るまで上げて、なんとか認めてもらいました。

でも、向こうに行ってわかったのは短期留学することと住むことはまったく違うということでした。

ホストファミリーが特別親切にしてくれるわけでもないですし、通っていた田舎の高校は人種によって差別されたりヒエラルキーが決まっていたり…。
私もアジア人というだけでいじめられることもあり、日々食うか食われるかという過酷な世界でした。最初はランチをする場所さえも確保できなかったほどです(苦笑)。

もちろん地域性もありますが、アメリカは生きていくだけでも大変な国だと実感しました。
 

「アートとビジネスをつなぐ架け橋になりたい」。NYの大学でアートマネジメントを学ぶ

 
 
その高校で2年間を過ごした後、ニューヨーク州立大学パーチェス校というリベラルアーツカレッジと世界レベルの美術専門大学を融合した州立大学に入りました。
アーティストとしての志向性はないと自覚しつつもアートが好きという気持ちは変わっていなかったので、ビジネスや経済の観点からアートについて学ぶアートマネジメントを専攻しました。
 

―大学生活について教えてください。

ニューヨークでの大学生活はとてもオープンでリベラルなものでした。
高校時代とはうってかわってダイバーシティに対する考え方も進んでおり、思い描いていたアメリカらしい多様性にあふれた暮らしを送るようになりました。

高校と違い、多様性あふれるNYの環境に驚いたという

専攻のアートマネジメントでは、アーティストのマネジメントやプロモーション、ライセンシングなど、アート周りのビジネスについて学んでいました。
アーティストの中には自分の作品でどうお金を稼ぐか考えることが得意ではない人も多く、素晴らしい作品を作っているにも関わらず生活に困窮しているということはめずらしくありません。

そんな現状を変えていくためにも、自らがアートとビジネスの架け橋となり、その素晴らしさを多くの人に知ってもらい、それによってアーティストの生活も豊かになるという好循環を作っていきたいと思いました。
 

柔らかくて、丁寧。社長の人柄が土屋鞄の製品を体現していた

 
 
―アメリカの大学に通いながら、日本の企業に就職しようと思った理由について教えてください。
 
 
アメリカには日本のような新卒採用制度がないので、学生であっても何かしらの経験がないと企業に採用されることはほとんどありません。アメリカで若くして起業する人が多いのも、大学を卒業しても就職先がないということが理由の一つとして挙げられます。

一方で日本は経験がなくてもポテンシャルで採用する新卒採用制度があり、しかも入社後は研修を受けながらお給料をもらうこともできます。海外では研修中は無給や低賃金で働くことが常識なので、これは日本独自の文化だと思います。

これら国の違いを比べた上で、経験を積むのであれば日本で就職する方がいいだろうと思い、就活を始めました。
ただ、海外大生向けの就活イベントに参加したり、帰国中にインターンとして日本企業で働いてみたりしたのですが、なかなかピンとくる会社がなく…。

そんな中で出会ったのが土屋鞄製造所(以下、土屋鞄)でした。
 
 
―土屋鞄のどのようなところが魅力的だと感じましたか。
 
 
土屋鞄の存在を知ったのは2度目に参加した海外大生向けの就活イベントだったのですが、そこで人事の方とお話しした次の日には社長と面談させてもらえたんです。
そのスピード感にも好感を持ちましたし、なによりも社長のチャーミングな人柄に惹かれました。

社長だからと言って周囲を圧するわけでもなく、柔らかくて丁寧で…まさに土屋鞄の製品を体現しているような人だと思いました。
面談のときは何故か私よりも社長の方が緊張していて(笑)、それを人事の方がフォローしている関係性もすごくいいなと思いました。

そのあとはとんとん拍子に話が進み、内定をいただくことができました。
就活中はなかなかピンとくる会社がないと悩んだときもありましたが、ご縁のある会社に出会えていなかっただけなのだと今振り返ると思います。
 

社会の変化や反応をキャッチアップし、世界中の人に向けたプロモーションを行っていきたい

 
 
―入社後はどのような業務に携わられているのですか。
 
 
店舗と工房での研修を半年間経験した後、海外事業部に配属されました。
今は英語圏向けのプロモーションを任されており、英語でのインスタグラム運営や海外でのイベント出展、ECサイトを通じた商品の出荷指示やカスタマーサービス、英語の製品名や翻訳の添削など、英語に関わるものはなんでもやっています。

英語の添削をするときには、単語の選択一つにもすごく気を遣っています。
例えば「Gift for women」を「Gift for her」に変えてジェンダーに対して配慮した表現に変えるというような工夫です。”For women”だと”女性の”という意味ですが、”For her”だと”彼女の”といった表現になります。すごく微妙な違いですが、”For her”を使って表現することで生物学的な性別に関わらず、そう呼ばれたい人すべてを含めることができます。

アメリカやヨーロッパ圏はジェンダーレスやボーダーレスという考え方が進んでいるので、細かいことであっても海外のお客様が見たときに違和感を感じないような表現でプロモーションをするように心がけています。

まずはアメリカ進出を本格的にしていくことが現在の目標ですが、ゆくゆくはヨーロッパ圏や世界中の様々な地域にも進出してより多くの人に土屋鞄の商品を知ってもらえるようにしたいです。

そのためには、今、世界で何が起こっているのか、どのようなものがどのような反応を得ているのかというところに目を光らせていかないといけません。
自分が良いと思うものをそのまま押し付けるのではなく、世界中の変化を見ながら最適なプロモーションを考えていく。それが私の今後の展望です。
 

「本当にそうなの?」という問いを持ち、“自分の”価値観を見つけてほしい

 
土屋鞄製造所に入社後は、英語圏向けのプロモーションに携わっている
 
 
―最後に、これからのキャリアを考える人に向けたメッセージをお願いします。
 
 
「こうじゃないといけない」という周囲のルールや常識とされているものに縛られず、自分の頭で想像し、考えることが大切だと思います。
もちろんマナー違反や相手を不快にするような振る舞いはだめですが、みんなと同じように就活をしないといけない、有名企業に入らなければいけない、ともし思っているなら、「本当にそうなの?」という問いかけを一度自分にしてみてほしいです。

私も学生時代は「いい大学に入って、いい会社に就職して、何歳で結婚して…」ということが”あたりまえ”なんだと思いこんでいた時期がありました。
でもそればかりに頭がいってしまうと、「自分は何をやりたいのか」という一番大切なことが見えなくなってしまいます。

世間のルールや常識に従って自分が会社に選ばれるのをただ待つのではなく、好きなことややりたいことをきちんと主張し、そのために自発的に行動できる“自分の”価値観を見つけてください。  
 
 
 

インタビュアー:アイルーツ+(プラス)編集部 小笠原寛

1999年上智大学 経済学部 経営学科 卒業。
新卒採用責任者他、様々なHR事業経験を積む中で、本音の大切さを実感。
2012年にirootsに参画し、「学生と企業の本音フィッティング」に従事する。
横浜市生まれ、現在は岐阜県関市に在住し、自然と人との対話に耳を傾ける日々。
 

文・編集:アイルーツ+(プラス)編集部 西村恵

2015年にエン・ジャパンの子会社である人材系ベンチャーに中途入社。
2018年にエン・ジャパンに転籍後、新卒スカウトサービス「iroots」の企画として、
ミートアップやメディアの運営、記事のライティング・編集に携わる。
趣味は映画鑑賞・美術館めぐり。