近年、日本の採用現場において「アルムナイ(現役世代の退職者)制度・採用」への注目度が高まっています。もともとは雇用の流動性が高い外資系企業などで広く取り入れられていましたが、終身雇用が当たり前ではなくなった日本においてもアルムナイを資産として捉える企業が増えています。
そこで今回は、株式会社ハッカズークでアルムナイシステムの導入支援を行なっている實重さんをゲストにお招きし、
・新卒採用現場においてアルムナイが注目されている背景
・アルムナイ制度が新卒採用にもたらすメリット
・制度の導入において気をつけるべきこと
についてお話を伺いました。
株式会社ハッカズーク セールス&マーケティング責任者
實重遊
神戸大学経営学部卒業後、シンガポールにおけるインターンを経てアクセンチュア株式会社に新卒入社。グローバル人事の制度設計やHR SaaSの導入・運用など、人事コンサルティングに従事。その中で日本企業の「退職が縁の切れ目」という状況に課題意識を持ち、2020年株式会社ハッカズークに入社。セールス&マーケティングの責任者を務め、様々な組織とアルムナイの関係構築と価値創出を支援。
エン・ジャパン株式会社 新卒iroots事業部 エバンジェリスト
小笠原寛
上智大学経済学部を卒業後、新卒採用責任者他、様々なHR事業経験を積む中で、本音の大切さを実感。2012年にirootsに参画し、プロダクト責任者を経て現在はエバンジェリストとして「学生と企業の本音フィッティング」に従事する。
目次
退職者=“裏切り者”?
iroots 小笠原:今回はOfficial-Alumni.comを運営するハッカズークの實重(さねしげ)さんをゲストにお招きし、会社への入口である「採用」と出口である「退職」の関係性について考えていきたいと思います。
まずはハッカズークさんが事業として取り組まれている「アルムナイ」についてお教えいただけますか。
ハッカズーク 實重:アルムナイは英語で「卒業生」「同窓生」という意味を持つのですが、人事領域では「現役世代の退職者」を指す言葉として使われています。
海外ほど転職が当たり前ではなかった日本において、現役世代の退職はネガティブなものとして捉えられることが多く、特に終身雇用を前提としている企業にとっては「退職者=裏切り者」というイメージが強くありました。
終身雇用制度が崩壊しつつある今、転職や退職がめずらしくない時代を迎えていますが、相変わらず退職者=裏切り者というイメージは変わっていません。せっかく工数とお金をかけて採用したのに、退職したら縁が切れてしまうというという企業が多いのが現状です。
このような状況を変え、退職で終わらない企業と個人の新しい関係を作っていくお手伝いを事業として行っています。
iroots 小笠原:新しい関係というのは具体的にどのようなものなのでしょうか。
ハッカズーク 實重:正社員という働き方から業務委託や副業という形に変化する場合もありますし、転職先との協業を生んだり、一度他の企業を経験した後に“出戻り”として復帰されたりする方もいます。
アルムナイ制度はいまや一部の企業だけが取り組むものではなくなってきている
iroots 小笠原:なるほど。實重さんはアクセンチュアご出身とのことですが、アクセンチュアもアルムナイ制度にはかなり力を注がれていますよね。前職の経験もふまえて實重さんご自身としてもアルムナイ制度の意義は実感されていますか。
ハッカズーク 實重:実感しています。アクセンチュアはアルムナイのグローバルネットワークを構築しており、退職者同士がつながりを持てる仕組みになっています。
また、アクセンチュアのアルムナイ限定のセミナーやアルムナイと社員との交流会も定期的に開催されており、企業と私たちアルムナイの関係性が途切れないような働きかけが行われています。
アクセンチュアは20年以上前からアルムナイの取り組みを行なっているのですが、当時からコンサルティング業界は雇用の流動性が高く、“裏切り者文化”がなかったからではないかと思います。
しかし今ではほとんどの業界において雇用の流動性が高まってきているので、アクセンチュアのような一部の企業だけが取り組むテーマではなくなってきているのかなと思います。
退職者の構造は2:6:2。”6”の人たちにフォーカスを当てた取り組みを
iroots 小笠原:退職にもさまざまな理由があると思うのですが、企業はすべての退職者とつながりを持つべきなのでしょうか。
ハッカズーク 實重:いえ、無理にすべての退職者と関係を作る必要はないと思います。
2:6:2の構造を退職者に当てはめると、退職後も会社に対してポジティブな人が2割、ポジティブとネガティブ両方の感情を持っている人が6割、ネガティブな人が2割という比率になることが多いです。
アルムナイを広げるときには、真ん中の6割の人をいかにポジティブな方向に持っていくかということが重要になります。
ポジティブな2割の人は企業側からアクションを起こさなくても自発的に好意的な行動をとってくれますし、逆に会社に対してすごくネガティブな印象を持っている人との関係性を後から構築するのは簡単ではありません。
しかし、企業のいいところも悪いところもわかった上で退職した6割の人たちは、退職後の環境によって企業への印象が変わることが多いです。
退職時は中立的な立ち位置にいたのに、ネガティブ層の人たちと飲みに行って話しているうちにその人たちの意見に引っ張られてネガティブ層になってしまう…ということもめずらしくありません。
逆に企業側がアルムナイ制度を整えておけば、退職後にポジティブ層に転じて好意的な行動を起こしてくれるようになるのです。
「せっかく優秀な学生を採用したのに…」。新卒採用人事の問題意識が、アルムナイ制度を動かす
iroots 小笠原:退職後のつながりと聞くと中途採用領域のイメージが強いのですが、新卒採用領域にも関わりはあるのでしょうか。
ハッカズーク 實重:むしろ新卒採用を担当されている方のほうが退職者についての問題意識は強いと感じます。
一生懸命採用した優秀な学生がすぐに辞めてしまった場合、中途採用で同じようなポテンシャルを持つ人を採用できるとは限らないからです。
せっかく優秀な人を採用したのだから、そのつながりをなくしたくないという新卒採用現場の声からアルムナイ制度が導入された事例も少なくありません。
求職者側である学生に関しても、過去に行った調査では就活生の約7割が企業を選ぶ上で退職者のキャリアに興味があると答えています。
退職者、口コミ…。“人事に聞けない”からこそオープンにする価値がある
iroots 小笠原:新卒採用担当者のほうが退職者への問題意識が強いと言う点は興味深いです。ちなみに、就活生が退職者のキャリアに興味を持つのは、転職を見据えて就職を考えているということなのでしょうか。
ハッカズーク 實重:私が学生にインタビューをした所感で言うと、必ずしもそうではないと思います。転職前提や企業を踏み台にするというよりも、VUCAと呼ばれる時代の中で一生食べていけるスキルを身につけられるかどうかということを知りたいのだと思います。
仮に企業の中で上手くいかなかったり企業の存続が危うくなったりした場合、自分のキャリアはどうなるのか?ということを長期的視点で考えているからこその興味だと思います。
しかし、学生からすると退職者について人事にはなかなか聞けない。だからこそアクセンチュアのようにアルムナイの存在を自らオープンにしている企業は新卒採用においても存在感を発揮しているのだと思います。
実際に私が新卒でアクセンチュアに入ったのも、採用セミナーで社員だけでなくアルムナイの活躍を紹介しているところに魅かれたからです。世の中で活躍するアルムナイの存在を知り、ここであればどこでも活躍できるスキルが身につきそうだと感じました。
iroots 小笠原:irootsでは企業情報と口コミサイト(en Lighthouse)の連携を行なっており、利用企業には自社の口コミをiroots上で公開し、それに対するコメントを記入してもらっています。学生が人事に聞きにくい情報をオープンにしていくと言う点では共通性がありますね。
ハッカズーク 實重:確かにそうですね。人事に聞けないからこそ学生はより一層それを気にしますし、ネガティブな退職者の口コミに悩んでいる企業も多いのではないでしょうか。
しかし、企業にとってネガティブな意見を隠せる時代ではなくなってきているのも事実です。
そういった過去の口コミはアップデートできないからこそ、学生だけでなく退職者にも企業の取り組みや状況を提供し続けることが大切です。
新卒採用と退職は「一方通行」ではなく、「循環」として捉える
iroots 小笠原:企業の出口であるアルムナイは、入口である新卒採用と密接に関係していることが理解できました。一方で、さまざまな理由があるとはいえ、退職という選択をした人にアルムナイという制度は簡単に受け入れられるのでしょうか。
ハッカズーク 實重:前提となる信頼関係が築けていることは重要だと思います。
例えば退職面談で裏切り者扱いした後に、いきなり「今後ともよろしく!」と言うのは無理がありますからね。退職者の本当の退職理由や転職先も聞けていないという企業も多いのではないでしょうか。
退職時に真実のフィードバックをもらい、その後も続く関係性を作るためには、採用時と在籍時にどれだけ本音のコミュニケーションができていたかも大切な要素だと思います。
採用時に学生と人事が本音で話せる関係性を作れていれば、上司や同僚に言えなかった退職理由を「実は…」と人事に話してくれる場合もあります。
iroots 小笠原:そういった退職者の「実は…」を採用や組織作りに活かすことができれば、ミスマッチによる早期退職を減らすことにもつながりますよね。新卒採用と退職を一方通行ではなく循環だと捉えることで、より強く豊かな組織が作られていくのですね。
退職者を“裏切り者”扱いしても何も変わらない。アルムナイという価値に変えられれば、強い武器になる
ハッカズーク 實重:おっしゃる通りです。一般的に採用と退職は切り離して考えがちですが、退職をアルムナイという価値に変えることができれば、それは採用においても強い武器になります。
今の学生と話していると、聞こえのいい抽象的なキーワードよりも具体的な実績を知りたがっていると感じます。
「風通しがいい社風です」というワードよりも実際の社員同士のやりとりを見たがっているし、「どこでも活躍できるスキルが身につく」というワードよりも、アルムナイたちが世の中でどのように活躍しているかを知りたい。起業家志望の学生に魅力づけを行うなら、「起業を応援します」と言うより、「アルムナイに出資した」という実績の方がなによりも心に響くはずです。
このようなエビデンスは、採用においても他社との強い差別化になります。
採用人事からすると、会社を去っていく人に対する気持ちは複雑だと思います。
しかし、退職者を“裏切り者”扱いしても何も生まれません。
退職して終わり、ではなく先ほど小笠原さんがおっしゃったように、新卒採用とアルムナイの好循環を生み出す企業が増えていけばいいなと思います。