終身雇用制度の終わりと同時に注目を集めはじめた”キャリア自律”。企業主導ではなく個人主導のキャリア形成を目指すことは、従業員のキャリア自律を促す側の人事にとっても同じく重要です。
では人事としてのキャリアを追求する場合、今後どのようなことを意識しながら経験とスキルを積めば良いのでしょうか。
日立製作所時代にPeople Analytics部署を立ち上げ、その後ソフトバンクやHRテックのスタートアップを経て現在はNECで人事として活躍されている中村亮一さんをゲストにお招きし、SDGs時代における人事としてのあり方についてお話を伺いました。
日本電気株式会社(NEC)中村亮一
2004年4月大学卒業後、日立製作所へ入社し、人事総務担当として従事。2017年4月に人事部門内にPeople Analytics専門の部署を立ち上げ、データ分析に携わり、本分野での事業立ち上げに従事。
2018年9月に日立を卒業後、ソフトバンクへ入社し、同社人事部門においてHRテック、People Analyticsの社内導入を担当。
2020年2月にHRテックスタートアップ株式会社BtoAの経営に参画した後に、2021年2月より現職。
目次
「45歳定年制」発言をきっかけに、社外の人事担当者からのキャリア相談が次々と舞いこんだ
―今回は中村さんと一緒に「人事のキャリア」というテーマについて考えていきたいと思います。キャリアというテーマで言うと、最近では「45歳定年制」というキーワードが話題になり、それに対する否定的な意見も多く挙げられました。中村さんは「45歳定年制」についてどのように受け止めていますか。
私自身は転職経験が比較的多いので、45歳定年制ということについてはあまり気になってはいません。
しかし、あの話題の後に同年代の社外の方からキャリアについて相談をいただくことが増えました。終身雇用が終わりを迎えていることは周知の事実ですが、「45歳定年制」というインパクトのある言葉によっていよいよそれが自分事と現実味を帯びはじめたというところでしょうか。
新卒入社した企業で働き続けている30代半ば〜40代の方にとっては、改めて自分のキャリアを考える契機になったように思います。
また、企業にとっても「社員のキャリアを自律させる」ことと「雇用の流動性が高まる」こと、つまり自律している社員ほど社外に出ていく可能性が高いという矛盾に向き合う時期が来ていると感じます。
“最後の一押し”を求められても、「あなたはどうなりたいのか?」を問う
―具体的にはどのような相談が多いのでしょうか。
相談者は人事の方が中心で、転職に向けた“最後の一押し”を求めている場合が多いと思います。転職活動の結果、ある企業から内定をもらったものの、本当にそこへ決めてしまっていいのか?という相談ですね。
私はキャリアコンサルタントの資格を持っているわけではありませんので、自分の経験をもとに「あなたはこの先どうなりたいのか?」ということを問いかけるようにしています。
30歳を過ぎれば何かしらのスキル・専門性をつき詰めていく必要があるので、本当にその環境で求めるスキルが身につくのか、単に会社への不満だけで辞めようとしていないか、というのは特に聞くようにしています。
例えば外資系企業に内定をもらっている場合、人事部長などそれなりのポストでなければ、少なくとも数年間は特定の専門領域に縛られる可能性が高い。
人事領域全般において活躍できる人材になりたいのであれば、今の会社でHRBPとして突き詰めて働いてみるのも一つの手ではないか、という提案をすることもあります。
“ジョブ型”の対義語は、“会社内でのゼネラリスト”。
―30歳を過ぎれば…というお話がありましたが、各年齢フェーズのキャリア形成においてどのようなことを意識しておけばいいのでしょうか。
ジョブ型と呼ばれる市場になっていく中でどのようにキャリア形成を行えばいいかを考えるときに重要なのが、「VSOP論」です。
VSOP論はキャリアにおいて意識したいことを年代別に示したもので、『自立人間のすすめ―VSOP人材論(著者:脇田保)』が元になっています。
私の場合で言うと、20代は労務から採用まで人事領域における多様な仕事を経験し、30代からはデータ活用(デジタルHR、ピープルアナリティクス)についての知識や経験を積み重ねていきました。もうすぐ40歳になる今は、30代で身につけた専門性に独自性を加えるフェーズに入っています。
このVSOP論など意識してキャリア形成を行なっていかないと、30代、40代で専門性や独自性を身につけることができないまま「会社の中でのゼネラリスト」になってしまいます。
よくジョブ型の対義語は「メンバーシップ型」だと言われますが、私は「会社内でのゼネラリスト」だと考えています。
でもそれは一つの会社の中でトップになるための最適なキャリアラダーであって、そのコースから外れた瞬間に行き場がなくなってしまう。
他の職種と同じように、人事という仕事においても30代以降は専門性と独自性を身につける必要があるでしょう。
残念ながら今までは「人事は誰でもできる仕事」というイメージがありました。しかしCHRO(最高人事責任者)という役割や、いわゆる「プロ人事」と呼ばれる人が現れたことによって、そのイメージは変わりつつあります。
人的資本(“非”財務指標)が重視される時代において、ESGやSDGsの知識は人事にとっても必須である
―人事に求められるスキルや知識とはどのようなものなのでしょうか。
法務や経理を採用する際に法律や会計の知識・資格が求められるのと同じように、これから人事を志す人は組織心理学や組織管理論、人材開発などについて学んでおく必要があるでしょう。
加えて、今後は社内だけでなくESGやSDGsといった社会から求められる企業の役割にも目を向けなければいけません。
今や企業は財務指標だけでなく、非財務指標もオープンにすることが求められています。
ダイバーシティやカーボンニュートラルについての基準を満たしていなければ、投資や入札など事業面にも大きな影響が出る。つまり、非財務指標の結果が財務指標に反映されるという時代になりつつあるのです。
特にグローバル展開している企業や、VCから投資を受けるスタートアップには避けられない課題です。
社長が「アメリカで上場しよう!」と言いはじめても、社内でダイバーシティの取り組みが進んでいないために土台にも上がれない…ということも十分起こりうるでしょう。
これまで人事をやる上で労務管理の知識が当たり前に求められていたように、今後はESGやSDGsといったガイドラインや規制対象についても学んでおく必要があります。
人事としてのキャリアを極めるのであれば、「経営層が決定したことを具体化して実行する人」ではなく、「人的資本管理の観点から経営層に助言できる人」を目指さなければならないでしょう。
勘と経験に頼れない若手人事こそ、データ活用スキルを磨いてほしい
―そのキャリアを目指すにあたって、今からやっておくべきことはありますか。
データ活用の知識とスキルを身につけておくことをおすすめします。データ活用というと難しく聞こえるかもしれませんが、実際そんなことはありません。
どんな分析手法があるかという方法論を学んで、労務や教育といった人事のドメイン知識と社内のどこにどんなデータがあるのかを理解できれば、あとはそれらと課題を紐づけることができます。人事としてのドメイン知識と方法論さえわかっていれば分析の提案や仮説は作れるので、分析の部分は外注してしまうことも可能だと思います。
特に若手の方はどうしても人事としての経験値や勘どころというP(Personality)の部分で経験豊富なシニア層に劣るので、データに基づいて企画・提案する必要があります。
そのためにも若手のうちからデータ活用のスキルを磨いておくべきですし、そのスキルに対する信頼性が、ゆくゆくはP(Personality)の土台になっていくはずです。
人事の役割が大きくなりつつある今こそ、プロフェッショナルを目指すチャンスである
―最後に、キャリアを考える人事の方へメッセージをお願いします。
人的資本(非財務指標)の重要性が高まる社会において、今後ますます人事の役割は大きくなっていくでしょう。人事というキャリアを極めたいという人にとっては、大きなチャンスでもあります。
しかし、経営層からの要望に応えているだけではいつまで経っても「やらされ仕事」になってしまいます。そうなると作業ベースの仕事ばかりに手を取られ、新しいスキルを身につけようという活力も湧いてこないでしょう。
この負のサイクルに入ってしまわないためにも、まずは自分の感度を高めることが大切です。SNSで「プロ人事」やHRの専門家をフォローするだけでも、キャッチアップできる情報量は格段に変わります。それらの情報から、今世の中で何が起きているのか?今後何が求められるのか?を先読みし、先手を打っていく。
それができれば人事としてどこでも活躍できるスキルを身につけることができますし、なにより仕事に対してわくわくできると思います。
私もまだまだスキルを磨いている途中ですが、同じようにスキルを磨き、人事のプロフェッショナルを志す人が増えていくことを期待しています。