長らくナビサイトを中心とした“待ち”の採用を行なっていた新潮社は、2019年卒の採用から、irootsを通じて「新潮社の枠にとらわれない人」の採用を始めた。いわゆる“人気業界”に位置する新潮社がスカウトサービスを始めた背景、最大6,000字にも及ぶ学生プロフィールの読み解き方、学生と対峙する際の人事として在り方。元編集者であり、10年間採用の第一線で学生と向き合い続ける新潮社の森さんにお話を伺った。
※本コンテンツは、2020年6月に開催されたiroots人事ミートアップの内容から構成されたものです。
株式会社新潮社 総務部総務課 課長 森史明
1995年に新潮社入社。週刊誌記者、編集者の後に、大日本印刷へ出向し、音声配信事業に関わる。その後2003年に新潮社に戻り宣伝、PR部門を経て、2010年に総務部に異動。以後、新卒、中途の採用を担当。
「芸術の霞だけを食べていては生き残れない」という言葉を実感した、“待ち”採用の限界
ー2018年にirootsを導入するまでは、ナビサイトを中心とした採用を行なっていたとお伺いしましたが、採用手法を変えられたきっかけはなんですか。
私の中でキーワードとなっているのは、以前弊社の社長が発した「(我々は)霞を食って生きるわけには行かない」という言葉でした。
これは社史の中の社長のインタビューにも出てくるのですが、新潮社も歴史が長くなり、出版社の華やかで高尚な部分だけに憧れて入社する社員が増えてきたことに対する、危機感の表れなのだと感じたんです。
当時の私はまだ採用に関わっていませんでしたが、「いまのままの新潮社ではやっていけないんだ」という社長の危機感が、とても印象に残りました。
その後、総務に異動して採用に関わるようになると、社長の言葉の意味を、いやでも実感するようになります。
新潮社は120年を超える長い歴史を持つ企業で、長いからこそ、我々が作っている出版物の綺麗な部分だけを見て、「自分も華やかな仕事がしたい、美しい本を出したい」と思って入社する方が増えてくる。これはしょうがないのかもしれません。
しかし我々は営利企業です。当然泥臭い営業活動や、水をかけられながらもスクープを取ってくるといった地道な努力、新しい事業をゼロから立ち上げたりしてで、ビジネスを構築しています。
もちろん、純粋に「編集者になりたい」「書店営業になりたい」と憧れて入社してくださる方も新潮社の戦力として欠かせない存在ですよ。
でも年に1名か2名は、既存の枠組みにとらわれず、新しいビジネスを立ち上げるような方を採用していく必要があると考えました。
それを実現させるためには、“待ち”のナビサイトだけでは限界があります。
それで、こちらからターゲットの学生へアプローチするためにirootsを使い始めました。
弱さに寄り添い、「戦力にならない魅力」に光をあてる
ーirootsでは具体的にどのような学生にスカウトを送っていましたか。
まず新潮社の採用基準として「読書量」というのがベースにあります。
これは適性検査などでは測ることができない部分ですから、営業担当の方と相談しながら、読書量を示すキーワードを20個ほどピックアップし、フリーワード検索を使って該当学生を探しました。
その上で、コンサルティング業界やIT業界など、「出版業界以外」を志望している学生を中心に検索を行いました。
今までにない切り口で学生を探し、新潮社のリソースを活かしながら新しいビジネスを立ち上げられる人を毎年1名採用できれば、10年で10名の採用ができ、10個のビジネスが立ち上がる。
仮にそのうち3つが成功して、1つの事業が10億円稼げれば、合計で今より30億売上が伸びる。
そうすればこの先50年ぐらいは新潮社の企業活動は安泰だろう、というのが、僕が描いたビジョンです。まあ「絵にかいた餅」ですけれど(笑)。
伴走してくださっているirootsの営業担当の方にも、ことあるごとにそれをお伝えしていましたが、今思うと少しプレッシャーだったかもしれません(笑)。
ー学生のプロフィールを読む上で、どんなところに注意していましたか。
私は学生の“弱さ”に注目してプロフィールを読んでいました。
通常のエントリーシートであれば、学生は自分がアピールしたいことを書き、我々もそれをもとに選考を行っています。
しかしirootsのプロフィールには、通常のエントリーシートには書かれていない挫折経験やいじめられた経験、家庭環境などが赤裸々に書かれています。
私が10年間採用をやっていて思うことは、「弱い部分にこそ人の本質がある」ということです。
誰でもその弱みを克服しながら就活を行なっていくと思いますが、人間の弱い部分というのはそう簡単には変わらない。
これは私がもともと週刊誌の記者をやっていたという経験からくるものかもしれませんが(笑)。
だからこそ、我々は学生の強みではなく“弱み”を観察し、寄り添うことで理解を深めていくことが大切だと思っています。
そしてプロフィールを読み解く上でもう一つ大事にしていることは、その人の「戦力にならない魅力」を見いだすことです。
以前出会った学生に、「就活なんてしょせん企業と学生の騙し合いじゃないですか」と言われたことがあります。
企業は学生が自己PRした部分を表面的に褒めるだけで、結局、その学生自身=「人間そのもの」を見ているわけではないでしょうと。
要は企業のことを信用していないわけですよね。
だからそうではないということを、こちら側も示していく必要がある。
そのためには、学生がアピールしたいと思っている部分ではなく、本人が何気なく書いた一文まで読んでおくことが大切です。
そして学生に会ったときには、本人が自己PRしている、つまり「戦力になりそうな部分」ではなく、その何気ない一文について触れてみる。
最初は本人もきょとんとしますが、しばらくすると「ああ、この人は戦力としてではなく、一人の人間として自分を見てくれているんだ」ということがちゃんと伝わります。irootsのプロフィールには学生の経験や価値観がありのまま書かれているからこそ、このような信頼関係を築くことができると思っています。
新潮社“らしくない”人を採用することの難しさ
ー貴社と同じように、企業の変革期において「今まで社内にいなかった人材を採用しよう」と考えて採用活動を行っても、結局は「うちには合わない」という理由で学生が落とされてしまうというお悩みもよくお聞きしますが、その点についてはいかがですか。
それについては我々も苦労しました。
インターンシップで現場社員からの評価は高いのに面接官同士の評価軸がすり合っておらず落としてしまう、そもそも選考の時点で辞退されるということもめずらしくありませんでした。
irootsを導入した初年度は、今までとは全く違うタイプの学生をいきなり採用しようとしても上手くいかないということを、嫌というほど実感した年でした。
その経験を通じて、性格特性や指向性の中に6割ぐらいは新潮社らしさがありつつも、残り4割ぐらいは今までいなかった特性を持つ人を探すことにしました。
また、インターンなどでの評価が高く、「ぜひ入社してほしい」と思う学生がいれば、その学生と場合によっては何度も直接会って、本人の志望意志や選考に進む上での懸念点についてのすり合わせを行いました。このように泥臭い努力を一つ一つ積み重ねながら、毎年採用を続けています。
ー先ほどirootsのプロフィールは学生の経験が赤裸々に書かれているというお話がありましたが、「新潮社がどのような企業であるか」というのは学生へどのように伝えていますか。
採用上都合の悪い事実があっても、必要であれば学生と同じように本音で話すべきだと考えています。
みなさんご存知かもしれませんが、2018年に弊社が出版していた新潮45という雑誌の内容が差別的だと問題になり、最後はデモ隊が新潮社に押しかけてくるまでの騒ぎになりました。
私はしばらくの間、新潮社にかかってくる抗議の電話に朝から晩まで対応し、最終的に新潮45は休刊になります。
その2週間後、採用イベントで学生の前に立って話をする機会があったんです。
私は学生から質問を受け付ける前に「新潮45の休刊について話します」と言って、社内の事情、出版に至った経緯、それに対する私の考えについて率直に話をしました。
皆さん、真剣に聞いてくださいました。そして意外なことに、その場では学生から新潮45に対する質問は出ませんでした。
その翌週だったと思います。私宛にその採用イベントに参加していた学生から手紙が届いたんです。
そこには、私が新潮45について包み隠さず本音で話したことにとても感動した、これからも採用頑張ってくださいと労いの言葉が書かれていました。
それを読んで、自分が伝えたかったことはちゃんと学生に届いていたんだと思い、涙が出るほど嬉しかった。
やはり学生側だけでなく企業も本音で話すということが大事なんだなと、改めて実感した経験でした。
*後編に続きます。
【後編】人の本質は変わらない。だから何度も読み返す