「字幕翻訳家になりたい」という目標の途中で、偶然人事の仕事に出会ったという井上悠さん。そこで採用人事のやりがいに目覚め、楽天、adidas Japan、LITALICOを経て、現在はモンスターラボの採用統括責任者として組織づくりを牽引しています。多様な会社を経験したからこそ見えてきた「活躍人材」の捉え方、多様性のあり方、そしてキャリアの総括として今後チャレンジしていきたいことについてお伺いしました。
 
 

株式会社モンスターラボ 執行役員 採用統括責任者 井上悠

大学卒業後、字幕翻訳者というキャリアを経て楽天に入社し、採用マネージャーを務める。その後adidas Japanの採用責任者、LITALICOの採用マネージャーを経て、2020年11月にモンスターラボへ入社し、現在は人事グループ長採用統括責任者を務める。

映画の世界を志しつつ、採用人事として電鉄グループに入社

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―最初に、井上さんのルーツについて教えてください。
 
友人には恵まれていましたが、勉強やスポーツに特別秀でているというわけでもなく、ごく普通の幼少期を過ごしました。

高校生になってからは映画がすごく好きになり、週に1度は映画館に足を運び、年間60本以上は劇場で映画を観ていました。人生ではじめて一つのものにハマった経験でしたね。

なんとか映画の世界で働きたいと思い、高校生ながら脚本家養成スクールの体験講座に参加したこともあったのですが、一文字も書けず…。自分は0からなにかを作り上げるような、クリエイティブな人間ではないんだなと痛感しました。

それでも映画に関わる方法はないかと模索しているときに、エンドロールの最後に出てくる戸田奈津子さんのお名前から字幕翻訳家という職業があること知り、「これだ」と思いました。
 
―字幕翻訳家という夢がありながら、大学卒業後に大手電鉄グループへ人事としてご入社されたのにはどのような背景があったのでしょうか。
 
就職活動をする際にも字幕翻訳家になりたいという気持ちは変わらず、大学卒業後は専門学校に通うつもりでした。でも、有名企業への就職や大学院への進学を決めている同級生を見ているうちに、だんだん不安になってきて…。

卒業を目前に、夜間の専門学校に通いながら正社員として就職する道を探しはじめたんです。

そのときたまたま目にしたのが、大手電鉄グループの人事職の募集でした。世間知らずだった私は、大手電鉄グループの人事職であれば毎日定時で帰れるだろうという勝手なイメージを持っており…。

この仕事であれば学業と両立できそうだと思い応募したところ、先方も「字幕翻訳家を目指しながら働きたいんですけど」という私を面白がってくれ、ありがたいことに採用人事として入社することができました。
 

一時は字幕翻訳家の夢を叶えたものの…

―人事1年目の所感について教えてください。
 
もともと人事を志していたわけではなかったのですが、想像以上にやりがいの大きい仕事でした。就職先を決めることは、限りある自分の時間をどこに投資するか決めること。採用業務を通じてそう考えるようになってからは、より一層職責の重さとやりがいを感じるようになりましたね。

大手電鉄グループということで、電鉄だけでなく百貨店や飲食・不動産事業などもあり、多岐に渡る採用に携われたのもいい経験でした。

さすがに定時では帰れませんでしたが(苦笑)、なんとか専門学校と両立しつつ充実した日々を送っていました。
 
―その後、転職して字幕翻訳者になられたものの、2007年に楽天へ再び人事としてご入社された経緯について教えてください。
 
字幕翻訳家になれたときはすごく嬉しかったですし、日々の翻訳業務も面白かったんです。ただ、自分の仕事が世の中に対してどのくらい価値を提供しているのかが少し見えづらく、物足りなさを感じてしまい…。

また、最終的なステップアップである劇場映画の翻訳者に辿り着くまで10年〜20年かかることを考えると、自分がキャリアとして突きつめたい仕事ではないかも、と思ったんです。

一度やりたいことは実現できたし、1社目でやりがいのある採用人事の仕事に出会っていたので、そちらのキャリアを追求してみようと思い、転職を決めました。

その中で楽天を選んだのは、キャリアの遅れを取り戻すべく、よりアグレッシブな環境に身を置きたいという理由からです。
 

楽天に入社後、すぐに強烈なフィードバックを受けた

―楽天での人事経験で印象に残っていることはなんですか。
 
入社してすぐのころ、強烈なフィードバックを受けたことです。

半年間で100人を採用することになったのですが、当時の私にはすごく無謀な計画に思えてしまって。

上司にポロッと「この期間で100人は無理です」と言ったときに、「できない言い訳じゃなく、どうやったらできるかを考えるのが仕事だ」とものすごく怒られてしまったんです。

仮に会社を丸ごと買収しても採用できないのかというところまで考え抜いたのか、と。

予想もしていなかった角度からフィードバックをもらったことに驚きましたが、同時に自分の視座・視点の低さに気付かされた経験でした。

また、事業部人事や海外のMBA採用を担う中で、採用は候補者だけでなく事業成長においても重要な役割を担っているのだと身をもって知ることができました。

電鉄時代は採用人事として、1つの採用ポジション、それぞれの候補者のキャリアに向き合っていましたが、楽天に移ってからは事業成長から逆算した採用の視点を強く持つようになっていきました。

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―楽天では新卒採用も担当されていたとのことですが、新卒と中途でどのような違いを感じましたか。
 
一番の違いは、候補者の方を経験ではなくポテンシャルで判断することの難しさですね。

地頭、論理性、コミュニケーション能力、パッションなど、自社が求めるポテンシャルとはなにかを定義し、それを判断していくプロセスは、キャリアの実績がある中途採用とは異なり、より難易度が高い部分かと思います。

また、働いた経験がない学生に自社で働く魅力を伝えることにも難しさを感じます。私もそうでしたが、大学時代に飲食店のアルバイト経験をしただけで就職先を決めるのは、自分がやりたい仕事のイメージを持ちづらく、難しい判断が求められますよね。

だからこそ学生は長期インターンなどでもっと様々なビジネスに触れたほうがいいと思いますし、私たち人事もそういう場を積極的に提供していかなければと感じます。
 

アディダス、LITALICOを経て、本当の意味での多様性を知った

―楽天に10年間在籍された後、アディダス、LITALICOでも採用人事を務められていますが、フィールドを変えたことによる気づきはありましたか。
 
一番大きかったのは、多様性についての気づきですね。

当時の楽天では、データ・ドリブンな人、いわゆる左脳的な人が活躍していたのですが、アディダスではクリエイティビティに富んでいる人、つまり右脳的な人が活躍していたんです。それまでは左脳的な人こそが活躍人材だと思っていたので、驚きましたね。

楽天のような勢いのある会社にいたことで世の中を知ったような気になっていましたが、どんな人材が活躍するかは会社によって本当にさまざまなんだと知った出来事でした。

また、アディダスは同僚が全員バイリンガルで、考えやバックボーンの違いからおおいに刺激を受けましたし、LITALICOでは「人間は一人ひとりが違うものだよね」という考え方に触れたことで、本当の意味での多様性について知ることができました。
 

採用は事業成長に直結する仕事。だからこそ、多様な人にチャレンジしてもらいたい

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―それぞれの会社での経験を経て、次のフィールドとしてモンスターラボを選ばれた背景について教えてください。
 
これまでの経験から、100人〜1000人の超成長フェーズである、日本を本社としてグローバルに展開している、デジタル・テクノロジーの領域で世の中に価値を提供しているという3つの条件が揃っているところで働きたいという想いがあり、それにぴったり一致したのがモンスターラボだったんです。

会社の規模が10〜30人のときは経営者の魅力とパッションがあれば組織はまわることがあるかもしれませんが、100人〜1000人規模になるとそれに加えて課題解決力、仕組み化など、組織運営に求められる難易度が一気に上がる印象です。

逆に1000人を超えると仕組み化に比重が置かれていく傾向にあります。

100人〜1000人の組織づくりは求められることが多いからこそ、今までのキャリアの総括として挑戦してみる価値があると思いました。

2020年11月に採用グループの責任者として入社し、現在は人事全体の統括を担っています。初年度は今までの経験によって貢献できたこともありましたが、会社が急速に成長しているフェーズなので、まだまだ対処しきれていないこともあります。

人事採用が事業成長のボトルネックにならないよう、攻めの姿勢でチャレンジし続けていきたいです。
 
―最後に、これから採用に向き合う人へのメッセージをお願いします。
 
採用はさまざまな人を巻き込みながら事業成長に寄与できる面白い仕事です。だからこそ、もっといろいろな職種の人が人事を目指すようになればいいなと思います。

他の職種を経験しているからこそもたらされる価値や視野の広がりが必ずあると思うので。

人事だけが採用をおこなうのではなく、多様なバックグラウンドをもった人が採用にチャレンジできる土壌をみんなで作っていけると嬉しいです。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵