パーパス経営、パーパス・ブランディング…ここ数年で「パーパス(社会的意義)」という言葉をよく耳にするという人も多いのではないでしょうか。
気候変動、新型コロナウィルスの感染拡大、ミレニアル世代やZ世代の台頭…このような社会の変化に伴い、企業も「短期的な利益」ではなく「社会における責任」を求められるようになっています。
採用におけるパーパス・ブランディングやESGという考えも広まりつつある今、企業にとってパーパスを掲げないまま事業運営を行うことは今後困難になるでしょう。
そこで本連載では、「パーパス」についてさまざまな取り組みを行なっている企業にインタビューを行い、パーパスを掲げるまでの経緯やその背景にあるもの、そしてパーパスを通じて実現したい姿についてお話を伺います。
第4回目は株式会社カインズでCHROを務める西田政之氏をゲストに迎えて、パーパスとカインズの新たな人事戦略「DIY HR®」についての取り組みについてお話を伺いました。
株式会社カインズ 執行役員CHRO(最高人事責任者) 兼 人事戦略本部 本部長 兼 CAINZアカデミア学長 西田 政之
1987年、金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネジャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じ、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。2015年にライフネット生命保険へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月より現職。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問、日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー。
目次
パーパスは単純な言葉ではなく、メンバーの“問い”を促すもの
―カインズでは「くらしに、ららら。」というパーパスを掲げ、それを“プロミス”と呼んでいると伺いました。「くらしに、ららら。」というパーパスについて、西田さんはどのように解釈されていますか。
思わず「ららら」と口ずさみたくなるような心踊る気持ちを、あえて抽象性の高い言葉を使うことで、カインズが顧客に提供していきたい付加価値や方向性を表現していると解釈しています。
私はパーパスを単純な言葉ではなく、そこで働くメンバーに個々の解釈をうながすものだと捉えているので、「ららら」という言葉がどういう付加価値を指しているのかは、メンバー一人一人が自ら問いを立て考えてほしいと思っています。
自ら問いを立てて考えることができないと本当の意味での理解も得られないですし、そもそもメンバーの自律という観点でもそのプロセスは必須だと考えています。
―メンバーの自律というキーワードがありましたが、カインズが2021年に発表した「DIY HR®*」という人事戦略もそれに関連しているのでしょうか。
おっしゃる通りです。今までのカインズは多店舗の運営を本部が中央集権的に行う手法で急成長を遂げてきたので、現場のメンバーは上長から任されたことを正確かつスピーディーに遂行することで評価されていました。
しかし時代の移り変わりとともに顧客のニーズが多様化する中で、メンバー一人一人が自発的に考え、行動することが重要になってきました。そこで昨年9月にメンバーの自律と挑戦を促すための新しい人事戦略として、DIY HR®をリリースしました。
現場を知らずして戦略は生まれない。100人以上のインタビューからDIY HR®が生まれた
―DIY HR®の概要について教えてください。
DIY HR®は、以下の5つの柱から成り立っています。
これら5つの指標を実現するための施策を人事戦略本部で企画し、試行錯誤しながら前に進めています。
―DIY HR®は西田さんが発案されたと伺いましたが、どのようなプロセスを経てこの形になったのでしょうか。
とにかく色々な人にインタビューをしました。人事部門はもちろん、各事業部の責任者や社員、店舗で働くアルバイトの方など…ゆうに100人は超えています。
インタビューでは会社の変わってほしくないところ、逆に変わるべきところをそれぞれ聞き、みんなの答えの中にある共通性や根底に流れている思想を汲み取るようにしていました。そのインプットを重ねた結果、最終的に浮かんだのがDIYというキーワードでした。
これはどの戦略に関しても言えることですが、現場を知らずしていいアイデアは生まれません。また、パーパスと同じく戦略も作って終わりではないので、その後の現場の反応などを知るために今でもインタビューは続けています。
今まで自分が受けてきた恩を、次世代に返していきたい
―カインズのパーパスとそれに紐づくDIY HR®についてお伺いしましたが、西田さんがCHROとして、また個人として掲げるパーパスについて教えてください。
会社目標とメンバーが個々に持つ自己実現目標のベクトルを合わせるために、適切なタイミングと適切な方法で問いを立てることを促していきたいです。
最近は特に、自ら問いを立てて深く考えるというプロセスがごっそり抜けている人が多いように感じます。「こういうルールだから」「これが正解だから」という組織内の慣習や社会の流れに身を任せて、その流れを疑うということをしていないのではないでしょうか。
だからこそDIY HR®をはじめとした人事戦略を通じて、メンバーが自ら問いを立て、自律できるように促していきたいです。
私個人としてのパーパスは、「恩送り」という言葉に尽きると思います。今まで周りの人からの支援を受けてなんとかここまでやってこれたので、これからはその恩を返すとともに送っていきたいです。
その第一歩として、最近ではCHRO仲間や各界の著名な友人を講師に迎えて、次世代リーダー育成塾というものをプライベートで開催しています。
もし恩を受けた相手が近くにいなくても、それをゼロにするのではなく次世代に返していくことで恩が循環する社会になればいいなと思っています。私たちの社会は贈与で成り立っているので、受けた恩にきちんと感謝し、それを引き継ぐ社会づくりを行っていきたいですね。
「この指止まれ!」と言ったときに、どんな指なら止まってくれるのかを考える
―最後に、パーパスについて考える人事の皆さんに向けたメッセージをお願いします。
パーパスを掲げる企業が増えていますが、いくら耳障りのいい言葉を並べても、それが実際と違っていたり嘘が入っていたりすると人はついてきません。
それは私たち人事にも言えることで、メンバーの自律を促すのであればまず人事自体の自律を促さなければいけませんし、パーパスを掲げるのであればまず自分たちが心から共感できていなくてはいけません。
私たちは会社のエバンジェリストであり、社員の模範となる表現者であるという意識を常に持ち、この指止まれ!と言ったときにどんな指ならみんなが止まってくれるのかなと考えながらパーパスを作り上げていく、あるいは、その正しい解釈を促していくことが、あるべき姿なのではないでしょうか。
*DIY HR®は商標登録を完了しております。
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵