パーパス経営、パーパス・ブランディング…ここ数年で「パーパス(社会的意義)」という言葉をよく耳にするという人も多いのではないでしょうか。

気候変動、新型コロナウィルスの感染拡大、ミレニアル世代やZ世代の台頭…このような社会の変化に伴い、企業も「短期的な利益」ではなく「社会における責任」を求められるようになっています。

採用におけるパーパス・ブランディングやESGという考えも広まりつつある今、企業にとってパーパスを掲げないまま事業運営を行うことは今後困難になるでしょう。

そこで本連載では、「パーパス」についてさまざまな取り組みを行なっている企業にインタビューを行い、パーパスを掲げるまでの経緯やその背景にあるもの、そしてパーパスを通じて実現したい姿についてお話を伺います。

第5回目はユニリーバ・ジャパン・ホールディングスで人事総務本部長を務める島田由香氏をゲストに迎えて、島田氏自身のパーパスの根っことなった学生時代の経験や、ウェルビーイングなチームづくりについてお話を伺いました。
 
 

ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス合同会社 人事総務本部長 島田由香

慶應義塾大学卒業後、パソナを経て、米国ニューヨーク州コロンビア大学大学院にて組織心理学修士号取得。日本GEにて人事マネジャーを経験し、2008年ユニリーバ・ジャパン・ホールディングス入社。R&D、マーケティング、営業部門のHRビジネスパートナー、リーダーシップ開発マネジャー、HRダイレクターを経て現在に至る。

 

ユニリーバのパーパスを知り「だから直感的にこの会社に惹かれたのか」と合点がいった

 
―ユニリーバでは「サステナビリティを暮らしの“あたりまえ”に」というパーパスを掲げられていますが、島田さんご自身はユニリーバのパーパスをどのように捉えていますか。
 
 
ユニリーバの社名の由来は、約140年前に英国で石鹸を作り、国民の衛生環境を大きく改善するきっかけを作ったリーバ卿からきています。たった1個の小さな石鹸でも、世界は大きく変えられる。ユニリーバの根底にあるこの考え方はパーパスにも反映されており、小さな1つの製品からでも持続可能な社会を作れるということを表現していると捉えています。

私がユニリーバに興味を持ったのも、商品自体は小さくても人々の生活に大きな影響を与えられるという消費財に魅力を感じていたことがきっかけだったので、ユニリーバの社名の由来やパーパスを知ったときにはすごく共感を覚えました。

実を言うとそれらのことを知ったのは入社した後だったのですが、「だから直感的にこの会社に惹かれたのか」と合点がいったような感覚でしたね。
 
 

学生時代にいじめられた経験が、自身のパーパスの根っこになった

 
 
ー島田さん個人としては「すべての人が笑顔で自分らしく生き豊かな人生を送る社会を創る」というパーパスを掲げられていますが、どのようにしてこのお考えに至ったのでしょうか。
 
 
ルーツを遡ると、学生時代にいじめられた経験が大きく起因しているのではないかと思います。

私は人生においてインパクトを与えた出来事を“稲妻”と表現しているのですが、いじめられた経験は人生の価値観が変わるほど大きな稲妻でした。私はもともと周囲との調和を重んじる性格だったため、自分が我慢をしても相手が笑顔になるならそれでいいと思っていました。

ですので、中学時代に突然いじめがはじまったときも、最初は自分に非があるのだと思い謝ってばかりいました。でもある日、「なんで自分は謝っているのだろう?」、「悪くないのに謝るのは自分自身に失礼じゃないか?」とふと気づき、そこから物事の捉え方が180度変わりました。

確かに大切な人からの苦言には耳を傾ける必要がありますが、それ以外のその他大勢の意見をいちいち気にする必要はない。万人に好かれる人などいない。周囲の評価ばかりを気にするより、自分が自分らしくあることが大切だ、と。まさに体に稲妻が走るようにそう感じました。

それ以来、周りに何と言われようが自分らしく振る舞うようになり、そうするようになってからいじめはなくなりました。いじめられた経験は私に大きなインサイトを与えてくれましたし、このときの気づきが私個人のパーパスの根っこになっています。

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現在私はウェルビーイングを日本に広げていく活動にも力を注いでいますが、実はこれも学生時代の経験と深くつながっています。

少しでも目立つと注目されていた中学時代から一転し、高校はすごく自由でさまざまな個性を持つ人たちが集まっていました。やんちゃな子、真面目な子、オタク気質の子…さまざまなタイプの人たちが同じ場所に集まり、お互いの個性を認め合って仲良く過ごしていました。

私はその環境がすごく好きで、ずっと後になってからあれがダイバーシティ&インクルージョンなんだと気づきました。

それぞれが持つ個性が違っても、みんなが笑顔でみんなが認め合える社会を作りたい。その想いとウェルビーイングという考え方が結びつき、2018年からは「2025年までに日本の人口の25%のウェルビーイングを高める(#PERMA25JAPAN)」という具体的な目標を掲げてさまざまな活動を行なっています。
 
 

怒りや悲しみに飲み込まれてしまいそうなときでも、自分が“どうありたいか”を問い続ける

 
 
―その目標の中には日ごろ島田さんと一緒に働くメンバーも含まれていると思うのですが、ウェルビーイングなチームを作るために意識していることはありますか。
 
 
前提としてよいチームを作ることは簡単なことではないですし、予想外の壁に出くわすことも多々あります。

しかしその中でも大切にしてきたことが3つあって、1つはウェルビーイングなチームを作るために、まず自分がウェルビーイングな状態であること。自分が心身ともに健康で、満たされている状態でないとウェルビーイングなチームは作れません。

2つめは、メンバーみんながウェルビーイングな状態であってほしいと望んでいることを常に伝え続けること。心の中ではそう思っていても、一緒に働くメンバーには伝わっていなかった…ということも多々あると思います。

そして3つめは、メンバーそれぞれのウェルビーイングが高い状態とはどういう状態なのかということをお互いにシェアしあうことです。例えば私の場合はみんなが一体化して同じ目標に向かっているとき、自然に触れているときにウェルビーイングの高まりを感じます。

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こういったことを日常のコミュニケーションの中でシェアしあい、自分と周囲のウェルビーイングな状態を知り、それをキープし続けることが大切です。
 
 
―日々さまざまなことがある中で、ウェルビーイングな状態をキープするためにはどうすればいいのでしょうか。
 
 
自分が“どうありたいか”を問い続けるしかないと思ってます。

もちろん私も人間なので、ときには怒りや悲しみに飲み込まれてしまいそうになることはあります。人によってはそれを解消するために誰かのせいにしたり、暴飲暴食に走ったり、愚痴を言ったり…という反応を示すこともあると思いますし、それを否定したいわけではありません。私もそうしたくなる気持ちはよくわかります。

でもその状態が1週間、2週間…と続いたときに「この状態の自分を好きになれるか?」と問いかけて、好きになれないのであれば行動を変えてみる。周りの人たちを見ているとみんな他人の声ばかりを気にしているように感じるので、もっと自分の声に耳を傾けて、ウェルビーイングな状態であってほしいなと思います。
 
 

企業と学生がお互いの価値観を確かめ合うタイミングは、大学3年生じゃなくてもいい

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―長く人事領域に携われてきた島田さんから見て、新卒採用において学生や人事がウェルビーイングになるためには何が必要だと思いますか。
 
 
就職活動をはじめるもっと前のタイミングで、学生が自分の未来について考えられるように“問いかけ”を行う必要があると思います。大学3年生になってから急に自己分析をはじめるのはおかしな話ですし、それを促す企業や教育にも疑問を感じます。

就職する上で企業と学生がお互いのルーツを知り、価値観を確かめ合うことは当然大事ですが、それは大学3年生のタイミングじゃなくてもいいわけですよね。そんな想いがあるのでユニリーバでは早い時期から通年採用を導入していますし、大学1年生であっても内定を出しています。

このお話をすると「青田買いだ」と批判的な意見をいただくこともありましたが、そうではなくて、もっと早くから自分の未来について考えるきっかけを作りたいという意図でやっています。

これは就職だけでなく大学、高校に進学するタイミングで考えてもらいたいテーマだと思っているので、中・高校生向けのインターンも積極的に行っていますし、このようなキャリア教育の取り組みが社会全体にもっと広がっていってほしいと思っています。
 
 
―最後に、パーパスについて考える人事のみなさんへメッセージをお願いします。
 
 
人事の仕事をしていると、自分の何気ない言葉が誰かの夢ややりがいになることもありますし、その逆もあります。新卒採用に関してもそれは同じで、学生の皆さんの人生を大きく変える可能性のあるすごく尊い仕事なんだということを常に意識してほしいと思います。

責任が重く尊い仕事だからこそ、そこにパッションが持てないのであれば自分の姿勢や働き方を見直した方がいいでしょう。組織人としてだけでなく個人としてのパーパスを持ち、学生一人ひとりに真摯に向き合ってほしいと思います。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵