パーパス経営、パーパス・ブランディング…ここ数年で「パーパス(社会的意義)」という言葉をよく耳にするという人も多いのではないでしょうか。

気候変動、新型コロナウィルスの感染拡大、ミレニアル世代やZ世代の台頭…このような社会の変化に伴い、企業も「短期的な利益」ではなく「社会における責任」を求められるようになっています。

採用におけるパーパス・ブランディングやESGという考えも広まりつつある今、企業にとってパーパスを掲げないまま事業運営を行うことは今後困難になるでしょう。

そこで本連載では、「パーパス」についてさまざまな取り組みを行なっている企業にインタビューを行い、パーパスを掲げるまでの経緯やその背景にあるもの、そしてパーパスを通じて実現したい姿についてお話を伺います。

第6回目は「採用学」の著者で神戸大学大学院の准教授を務めらている服部泰宏氏をゲストに迎えて、採用学と経営学の観点から見たパーパスの役割や、学生の声から予測される新卒採用の動向についてお話を伺いました。
 
 

神戸大学大学院 経営学研究科 准教授 服部泰宏

2009年、同大学院後期課程修了。同年、滋賀大学経済学部専任講師、2011年、同准教授。2013年、横浜国立大学大学院国際社会科学研究院准教授。2018年より現職。著書に『採用学』(新潮選書、2016年、日本の人事部「HRアワード2016」書籍部門最優秀賞受賞)、『日本企業の採用革新』(共著、中央経済社、2018年、2020年日本労務学会賞(学術賞)受賞)、『組織行動―組織の中の人間行動を探る』(共著、有斐閣、2019年、日本の人事部「HRアワード2019」書籍部門入賞)などがある。

 

パーパスは、企業にとって“立ちかえる場所”

 
―最初に、服部先生が考えるパーパスの重要性について教えてください。
 
 
経営学という観点から見て、以前の日本企業においては規則・階層というものが組織マネジメントを行ううえで大きな役割を果たしていました。仕事を進めるうえでわからないことがあれば上司に聞く、もしくはマニュアルを見るという方法です。

それに加えて、上下だけでなく横の関係性を持ち村社会的に働くという日本独自の組織マネジメントも存在し、上司・部下だけでなく同期・同僚といった横のつながりがあることによって、お互いに協力、刺激、監視するという効用が生まれていました。

その後2000年代に入ると、ビジョン・ミッションという考え方も組織マネジメントにおいて重要であると考えられるようになり、多くの企業で取り入れられました。大事なものが共有できていれば、細かい規則を作らなくても方向性がズレることはないだろうという考え方です。

そして現在注目されているパーパスは、これらの中に新たに加わった四つめの概念と言えるでしょう。

考え方としてはビジョン・ミッションにかなり近いものですが、ビジョン・ミッションがどこか借り物のような理想化された言葉が多用されていたのに対し、パーパスは「自分たちがなにを目指すのか」ということをちゃんと腹落ちする言葉で言語化し、それを経営のコアにしていくという意味合いが強いと感じます。

いわばパーパスは、企業にとって“立ちかえる場所”と言えるのではないでしょうか。
 
 

無理に浸透させるのではなく、自然と腹落ちする言葉を選ぶ

ー現在さまざまな企業においてパーパスを設定し、それを組織に浸透させるという動きが活発になっていますが、パーパスを作ったもののなかなか組織に浸透しないという場合、どこに課題があると考えますか。
 
 
言葉の選択において、なにかしらのズレがあるのではないかと思います。綺麗な言葉を並べたビジョンがいまいち浸透しないのと同じように、ありもの・借り物の言葉を使うとどうしても白々しく感じてしまいます。

また、パーパスに紐づいた具体例や象徴する例を経営陣や上司が率先して示すということもパーパスを浸透させるうえで重要なポイントです。そうしないと、社員の中で実際の仕事とパーパスがどのように紐づいているのかわかりづらく、腹落ちしにくいものになってしまいます。

パーパスは社員に教育して一生懸命浸透させるものではなく、自然と腹落ちするようなものでなくてはいけません。

もしなかなかパーパスが浸透しないという場合には、それは本当に正しいパーパスなのか?と考え直してみた方がよいかもしれません。
 
 
―パーパスが組織にうまく浸透した場合、組織マネジメントの観点からどのような効用があると考えますか。
 
 
もっとも大きな効用は、社員一人ひとりの自律を促すことにあると考えます。

これは誰しもが肌で感じていることだと思いますが、多様化・複雑化した現代社会においては上司の指示やマニュアルが通用しない場面が多々あります。

そんな場面において指針となるのがパーパスであり、パーパスが自分の中に腹落ちしている人は想定外の出来事が起こった際にも自らの頭で考え、自律的に行動することができます。

そういう人が身近に増えてくると、先ほど述べたような具体例が現場にも生まれ、さらにパーパスが浸透していく…というサイクルが回りはじめていくでしょう。
 
 

採用において重要なのは、「三つの観点」におけるマッチング

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ーでは、採用においてパーパスにはどのような効用があるのでしょうか。
 
 
採用を行う際、企業と候補者は三つの観点におけるマッチングの度合いからお互いを見極める必要があります。

一つは「期待」のマッチングで、具体的には給料、勤務地、職種などがあげられます。もう一つは「能力」のマッチング。企業側が求める能力と候補者が持つ能力がきちんと一致しているかという観点です。

そして三つめは「フィーリング」でのマッチング。具体的に期待できるものがなくても、ここで働きたいと思えるエモーショナルな部分でのマッチングです。今までは経営者のカリスマ性や人事の人柄などに起因することが多かったように思いますが、これからはパーパスもフィーリングでのマッチングを生む一つの要素となるでしょう。

今の学生の傾向として、就職先を決める際に期待のマッチングを重視する人が多いように感じます。しかし仕事や組織の素晴らしさだけでなく、それがどこに向かっているのかという観点からも企業を見てほしいですし、その際にパーパスは一つの大きな指針となるでしょう。
 
 
―フィーリングでのマッチングにおいて、社風という要素が含まれることもあると思いますが、パーパスは社風が作られるうえでもなにかしらの影響を与えるのでしょうか。
 
 
今まで語られてきた社風というのは、「うちの会社はこういう人が多いよね」というように、社員の性質や行動パターンを最大公約数として示したものでした。

これに対してパーパスは、社員の多様性を認めながら全員に共通しているコアを示せるものです。

ビジョン・ミッションも近しいものではありますが、それらは多様性を認めるというよりも全体統一というニュアンスが強く、一部の組織において宗教的になりがちな側面がありました。

組織におけるダイバーシティが重要視される現代においては、多様性を認めながらコアを押さえるというパーパスの文脈で社風を考える方が時代に合っているのではないでしょうか。
 
 

パーパスには“寛容さ”と“厳しさ”の両方が存在する

 
しかし忘れてはいけないのは、パーパスは寛容でありながらも厳しさも持っているということです。

パーパスは個人の解釈の余地を認める一方で、コアがずれてしまうと組織の中で共生することが難しくなるという側面を持っています。

これは社員に限らず経営者にとっても同じで、「なにを大事だと思っているのか」ということをつきつけられるのがパーパスであり、そこには寛容さと厳しさの両方が存在しています。
 
 
―コアがずれると組織での共生が難しくなるということを考えると、私たちは個人としてもパーパスを持つ必要があるのでしょうか。
 
 
そうですね。ただ、パーパスが決まっていないということもたくさんあると思います。私も20代の頃に自分のパーパスを示せたかというと、そうではないでしょう。

もちろん学生のうちからパーパスを持っている人もいますが、大半の人は働く中で自分のパーパスを固めていくものです。

私たちはそれぞれに自分の主観的な物語を生きていて、それと同じように企業もそれぞれの物語を持っています。たとえ採用の時点でパーパスが固まっていなくても、互いの物語をすり合わせることは大切です。コアを共有しながらもお互いの違いを認め、リスペクトし合う。それが個人と企業のパーパスにおける理想的な関係ではないでしょうか。
 
 

学生が期待する「なにができるか」と「どうせやるなら」に答えられるか

 
ー最後に、服部先生が考えるこれからの新卒採用とパーパスの関わりについて教えてください。
 
 
今までは企業と学生がお互いを選ぶ際には、「長いお付き合いをしましょう」ということが前提にありました。

ただ、お互いを長いスコープで見るとどうしても具体的な話がしにくいという側面があるため、期待や能力でのマッチングではなく、「この企業に入ればなんとなく箔がつくから」「親が喜ぶから」というフィーリングのマッチングで企業を選ぶ学生も多くいました。

つまり、今までの新卒採用は大企業にとってかなり有利なものだったんです。

しかし、最近学生と会話していると「入社後数年以内に何ができるか」という短いスコープで企業を見る人が増えているように感じます。以前のようなぼんやりとしたものではなく、もっと高い解像度で学生が自分のキャリアを考えるようになったということでしょう。

そのため、たとえ大企業であっても、学生が求める“期待”に応えることができなければ、自社が求める優秀な人材を採用することは難しくなっていくと思います。

では、これからは期待でのマッチングだけが重要視されていくのかというと、そういうわけでもないでしょう。

確かにパーパスを含めたフィーリングでのマッチングがなくても、採用は成立しますし、それでよいという人も学生の中にはいます。

しかし、大半の学生は期待でのマッチングを重視しながらも、「どうせやるなら◯◯がしたい」「せっかくなら◯◯な人たちと働きたい」という気持ちを持っています。この「どうせなら・せっかくなら」という気持ちは就職先を選ぶうえで最終的な決め手になると言えますし、そのときにパーパスは重要な指針になります。

パーパスという長期的な視点を持ちながら、直近ではなにができるかという短期的なスコープにおいても話をすることができる。企業規模や業界に関わらず、これら二つを満たす企業こそが、今後本当の意味で「採用に強い会社」になっていくでしょう。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵