大学卒業後、証券会社の”ドブ板営業”からキャリアをスタートされた西田さん。その後、海外でのMBA取得、外資系人事コンサルティング会社などを経験し、2015年にライフネット生命保険の副社長兼CHRO、2021年にはカインズのCHROに就任されます。それぞれの企業において、西田さんは「あること」を実践することで現場の課題をキャッチアップしていったといいます。インタビューでは、人事領域に至るまでの歩みと、カインズで新たに打ち出した人事戦略にかける想い、人事としてのあり方についてお伺いしました。
 
 

株式会社カインズ 執行役員CHRO(最高人事責任者) 兼 人事戦略本部 本部長 兼 CAINZアカデミア学長 西田 政之

1987年、金融分野からキャリアをスタート。1993年米国社費留学を経て、内外の投資会社でファンドマネジャー、金融法人営業、事業開発担当ディレクターなどを経験。2004年に人事コンサルティング会社マーサーへ転じ、人事・経営分野へキャリアを転換。2006年に同社取締役クライアントサービス代表を経て、2013年同社取締役COOに就任。2015年にライフネット生命保険へ移籍し、同社取締役副社長兼CHROに就任。2021年6月より現職。日本CHRO協会 理事、日本アンガーマネジメント協会 顧問、日本証券アナリスト協会検定会員、MBTI認定ユーザー。

チャンスを与え、ほめて伸ばす。“人材育成の基礎”を経験した幼少期

―最初に、西田さんのルーツについて教えてください。
 
私はおばあちゃんっ子で、祖母が無償の愛を注いでくれるという心理的安全性の高い環境で育ちました。人に対する共感力や相手の気持ちを慮る姿勢などは、祖母との関わり合いの中で自然と身についていったように思います。

祖母の他に、もう一人私の土台をつくってくれた人がいます。小学校時代の担任だった遠藤先生は、ごく普通の子どもだった私をなぜか気にかけてくださって。劇の主役や合唱コンクールでの独唱など、私にさまざまなチャンスを与えてくれました。全然そんなことはないのに、「西田は理科や社会の知識が抜群だよね」と言ってくれたこともあります。

でもそう言われると本当にその気になって、前向きにチャレンジできるようになっていきました。相手の存在を認識し、チャンスを与え、適宜アドバイスをしながら育てていく。実体験を持って学んだ人材育成の基礎は、今のスタンスにも通じています。

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小・中学校までは比較的まじめに過ごしていたのですが、高校に入学して下宿をはじめてからは途端に遊びはじめてしまい…。もっと勉強しておけばよかったなというのが、学生時代唯一の後悔です(苦笑)。

将来についても深く考えておらず、ただ「都会のおしゃれなところに行きたい」という気持ちだけで都心にキャンパスのある私大に進学しました。入学後は下宿しながらテニスサークルとアルバイトに明け暮れる、ごく普通の学生生活を送っていました。

テニスサークルでは幹事を務めていたのですが、そのときに“幹事力”ってすごく大切だなと実感し…。このあと社会人になってから塾を運営することになるのですが、今思えばその一歩を踏み出した経験でした。
 
 

新卒で証券会社に入社。ドブ板営業からMBA取得までの道のり

―大学卒業後、新卒で証券会社に入社された理由について教えてください。
 
正直、長期的なキャリアについては深く考えていませんでした。当時はバブル真っ只中で、これからは金融の時代だと言われており、給料も高いという理由で証券会社に入ったんです。

今は将来のために大学時代からいろいろと活動している人が多く、単純にすごいなと思います。私も含めて、当時は長期的なキャリアよりもブランド志向で就職先を選ぶ人がほとんどだったんじゃないでしょうか。

証券会社に入社してからは、1日100件訪問、1日100件テレアポというような、いわゆる“ドブ板営業”をひたすらやっていました。

「こんなことをやっていて将来何になるんだろう」と思うことも多々あったのですが、コツコツ営業まわりを続けているうちにだんだんと中小企業の経営者の方が応援してくださるようになり、営業部の中でトップクラスの成績をおさめるようになりました。

その後、営業先で仲良くなった都市銀行の方とタッグを組んで営業するようになってからはますます成績が伸び、社内の海外留学制度に合格し、2年間のアメリカ留学でMBAを取得しました。
 
 

40歳ではじめて人事領域に足を踏み入れる

帰国後は系列の投資顧問会社にファンドマネジャーとして出向し、3〜4年経験を積んだのちに外資系の年金コンサルティング会社へ転職、本業の傍らで山城経営研究所に入所し、さまざまな会社の役員候補の方々と一緒に経営について学びを深めました。

山城経営研究所では企業研究をメインにおこなっていたのですが、その活動の中で外資系人事コンサルティング会社、マーサージャパン社長の柴田励司さんと再会して、先方からお声がけいただいたことをきっかけに、40歳にしてはじめて人事領域に足を踏み入れました。

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―人事コンサルティングを行う傍らで、社会人向けの塾を開かれたのはどういう想いからだったのでしょうか。
 
マーサージャパンに身を置く中で、いかに自分に知識が足りていないかを思い知ったからです。

日本トップクラスの経営者・ビジネスパーソンの方を塾長としてお招きし、自分は事務局長として塾全体の運営を担いながら経営について一緒に学ばせていただきました。

塾生の皆さんを含めてビジネスの基盤となる人脈が形成され、個別でお仕事のご相談をいただくようにもなったのもこの頃です。

10塾10名の塾長と塾運営をご一緒したのですが、その中の一人にライフネット生命保険の創業者である出口治明さんがいらして、そのときのご縁から副社長としてライフネット生命保険に転職しました。
 
 

人事としての実務経験がないまま、副社長兼CHROに

―人事としての実務経験がないまま、CHROに就任されるというのはなかなかないご経験かと思いますが。
 
おっしゃる通り、ライフネット生命保険では人事実務経験1年生からのスタートでしたが、そこまで戸惑うことはありませんでした。

というのも、マーサージャパン時代に、コンサルティング会社の立場から企業のあらゆる人事・組織課題に向き合い、それに対する人事施策やソリューションの提供に絡み続けていたからです。

ライフネット生命保険に入社してからは、3ヶ月かけて社員全員とランチミーティングを実施し、メンバーと打ち解けながら課題を整理し、矢継ぎ早に打ち手を打っていきました。

社員全員とランチができたのは副社長という肩書きがあったからだと思いますが、課題の整理と構造を理解し、打ち手を打つまでの流れは人事コンサルティング時代に培ったものでした。

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―ライフネット生命保険時代には新卒採用もご経験されていますが、学生と対話する際にはどのようなことを心がけていましたか。
 
他者評価という点に着目し、両親や友人という身近な人からどういう人だと言われているのか、それに対して自分はどう思っているのかを聞いていました。

仕事も結婚も相手が「うん」と言わなければ成立しないわけで、意外と人生は自分では決められないんですよね。だからこそ、相対比較や他人評価を一つの材料として、自分自身を正しく見つめ、自己理解していくプロセスが重要です。

それらを踏まえて、どのような特性があり、今後どのような方向に進みたいと思っているのかを理解するように努めていました。
 
 

メンバーに挑戦を促すなら、まずは人事がその枠を超える

―2021年からはカインズの執行役員CHROに就任されましたが、この1年半でどのようなことに取り組まれてきましたか。
 
カインズに入社して最初の2ヶ月は店舗に立ち、現場のメンバーが日々どのような経験をしているのかを身をもって学び、それと並行しながら100人以上のメンバーにインタビューをおこないました。

カインズのいいところ、イケてないところ、残すべきところ、変えるべきところ、私に期待すること、やってほしくないことを聞き、改善すべきポイントを整理して『DIY HR®』という新たな人事制度を打ち出しました。

『DIY HR®』はまだ試行錯誤段階ですが、ありがたいことに2022年のHRアワードで企業人事部門最優秀賞をいただくことができました。

去年と一昨年は期待先行型で人事制度を整えてきましたが、当然ながら中身が伴っていないと意味がないので、今年は実感値を高めることにフォーカスしていきたいと考えています。

一番大切なのは人事制度を作ることではなく、それを運用フェーズに乗せて結果を出すことなので、そこにちゃんとコミットメントしていきたいですね。

『DIY HR®』の中には副業や兼業を含む多様な働き方を打ち出しているのですが、「小売業ではそれは無理でしょう」という声もあります。でも、できないことはないと思っています。

メンバーに挑戦を促すなら、まずは人事である私たちが枠を超えないといけません。常識や条件に捉われず、私を含む人事がチャレンジし続ける姿勢自体が大切だと考えています。
 
 

人事の仕事はアートとサイエンス。本業を極めるなら、枠外の学びも欠かさずに

―最後に、これから採用に向き合う人へのメッセージをお願いします。
 
採用を含む人事の仕事は、アートとサイエンスだと捉えています。データや数字をもとに精緻に詰めていくプロセス、つまりサイエンスも必要な一方で、必ずしも理論だけでは割り切れないこともあり、それにはアート的な感覚が重要です。

どちらに偏るものでもなく、アートとサイエンスをうまく使い分けることがすごく大切ではないかと思っています。

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結局のところ、すべての産業は人材育成産業であり、個人の能力を引き出し、覚醒させるための環境づくりがどの組織にも求められます。特に人事はそれを社内外に訴求する必要がありますが、単に伝えるだけでは不十分です。

どの領域においても言えることですが、新たなアイディアや施策を生み出し、インパクトをもって相手の感情を揺さぶるためには、イントラパーソナルダイバーシティが発揮される必要があります。

そのためには、本業以外のことも学んで多様な他者を自分の中に住まわせることで、創発を促すことが欠かせません。

ゆえに、私もまだまだ勉強途中ではありますが、本業を極めるためには哲学等のリベラルアーツを学ぶことが欠かせないということを皆さんの心にとめていただけると嬉しいです。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵