近年、多くの企業において副業をはじめとした社員の「課外活動」が推奨されるようになりました。それは社員の課外活動を支援する側の人事においても例外ではなく、本業以外の場所で「人・組織」を軸にした活動をおこなう方が増えています。本連載では、そんな課外活動に挑戦している人事の方にインタビューし、課外活動をはじめたきっかけやその内容、本業との課外活動の関わり方などについてお話を伺います。

第7回目は三井化学のグローバル人材部部長・小野 真吾さんをゲストにお招きし、人事コンサルや人材育成、キャリア開発など多様な課外活動をはじめられたきっかけと、それらの活動にかける想いについてお伺いしました。
 
 

小野 真吾 三井化学株式会社 グローバル人材部 部長

2000年に新卒で三井化学株式会社に入社。海外営業・マーケティング及びプロダクトマネジャー(戦略策定、事業管理、投融資等)を経験後、人事部に異動。組合対応、制度改正、採用責任者、国内M&A人事責任者、HRビジネスパートナーを経験した後、人材戦略、グローバルタレントマネジメント、後継者計画の仕組み作りに従事。その他グローバル人事システム(Workday)展開、リーダーシッププログラム、各種グローバルポリシーの推進、HRトランスフォーメーション等に従事。2021年4月よりグローバル人材部長に就任、グローバルレベルで人事機能の強化及び人的資本経営強化、企業文化変革にも着手中。

ゆるい繋がりから生まれた経験が、次の活動を呼び寄せる

 
―課外活動をはじめた時期ときっかけについて教えてください。
 
課外活動の出発点になったのは、2008年に妻がはじめた英語塾の手伝いです。

本業を持ちながら塾の生徒を集めたり、決算書を作ったり、商工会議所を訪れたりしているうちに開業して個人事業主として活動するスキームが見えはじめ、そこから徐々に大学のゲスト講師やセミナーの登壇、企業向けコンサルテーション等を引き受けるようになりました。

昔からなにかしらの活動はしたいなと思っていたものの、「課外活動をやるぞ!」というよりは、お声がけをいただいたときに「自分が役に立てるなら」というスタンスで徐々に活動の幅を広げていきました。

現在では人事コンサルに限らず、人材育成、キャリア開発、MBAやMOTで教壇に立つなど幅広い領域で課外活動をおこなっていますが、これも自分からがつがつと開拓していったというよりも、さまざまなネットワークに興味本位でアクセスしていくうちにゆるい繋がりが生みだしてくれたというのが実際のところです。

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といっても、ただ名刺を配るようなネットワークづくりは好きではなくて…。交流会では100人と名刺交換するよりも、その場で意気投合した少人数の方と深く話し、そこからひとつでもコラボレーションが生まれればいいなというスタンスなんです。

そういった繋がりの中で生まれた関係性や良い体験が、次の活動を呼び寄せてくれています。
 

お金の有無ではなく、自分の価値観を軸にする

 
―現在おこなっている課外活動の内容について、具体的に教えてください。
 
最初にはじめた妻の英語塾の手伝い、企業向け戦略・グローバル人事のコンサルティング、セミナー登壇、国内外での大学や人事系の塾の講師、学生や社会人を対象にしたキャリア系のワークショップ、その他にも経団連の活動や官民塾、スポーツ振興などのコミュニティ等にも参加しています。

これらの中にはお金をいただいているものとそうでないものがありますが、お声がけいただけること自体がありがたいと思っているので、お金の有無に関わらず、自分が役に立てることであれば基本的にはお引き受けさせていただくというスタンスで活動しています。

もともと本業で人事になろうと思ったのも、人や組織が前向きに変化していくための支援がしたいという想いからだったので、課題を抱えている組織や個人に対して前向きな変化を促していくことにやりがいと面白さを感じています。

逆にその価値観と合わないなと感じるときは、自分ではお役に立てないのではないかとお断りすることもあります。金銭的報酬を目的にするのではなく、自分の価値観を軸に活動をしていると、それに共感してくださる方が自然と周りに増えていくように思います。
 

経験がないのに副業のルールを作るのはナンセンス

 
―課外活動を通じて得られた収穫や課題を教えてください。
 
一歩踏み出すことのハードルは意外と低いこと、副業起業家としてお金の流れを知ることで企業勤めとは違う世界観を経験できたこと、そして人と人との繋がりの価値を実感できるようになったことでしょうか。

日頃自分の得意分野の領域を超えて繋がりを広げていると、これまでやったことが無いことことに関してもお声がけいただくようになりますが、できないからお断りするというのは基本的にしないようにしています。

できないことにチャレンジするのはもちろん大変ですが、汗をかきながらハードルを越えることで新しい景色が見えてくることに気づきました。初めは大変だったことでも、一度それを経験すると、それが自分にとって「当たり前にできること」に変わっていくんですよね。

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課題はやはり本業や私生活と課外活動とのバランスですね。自分の人生における役割は多岐に渡るので、それぞれ役割毎のスケジュールを色分けし、その色ごとのバランスを週間カレンダーで可視化して見るようにしています。

基本的には本業をしっかりやらないと、副業をしている事が遊んでいるように思われかねませんし、そこで悪い評判が出来ると、これから副業をはじめようとしている他の社員にも迷惑がかかってしまうので、まずは本業をまっとうする事が大切です。

加えて課外活動で得られた経験を社内にも伝えるようにしています。今は三井化学も副業が制度化されていますが、私はそれができる前から課外活動をはじめていたので、どこまでの時間と労力を課外活動に注ぐかという線引きには今以上に気を配っていましたし、会社にも都度相談していました。

その後、いよいよ三井化学でも副業を制度化していこうという流れになったときには、自分のこれまでの課外活動の経験を活かして、ひとりの担当者として副業制度化のプロジェクトに参加したり、上司や役員に課外活動での経験をオープンに話したりするようにしていました。

前向きにキャリアを後押しする副業制度を作るのに、副業経験がない人たちだけでルールを作って管理しようとするのは、ナンセンスだと思っていましたからね。

副業を推進する側の人事として、先んじて課外活動に取り組んでいたのはいい経験だったと思います。
 

自分の所属する会社が「もっとも大切なクライアント」に変わった

 
―課外活動をおこなう前と後で変わったことはありますか。
 
本業に対する直接的な好影響だけでなく、仕事に対するスタンスも変化しました。

直接的な好影響でいうと、本業で外部のスタートアップへの投資に関わる際には、課外活動でおこなったスタートアップ支援等で得た経験が生きてきます。転職経験がなくても規模感の違う組織の課題が感覚的にわかるというのは、本業に取り組むうえでとてもいい影響を与えていると思います。

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一方、仕事に対するスタンスの変化としては、より自立した考えが持てるようになりました。

会社員である以上は社命によって動かざるを得ませんが、本来組織と社員は対等な関係であるはずです。課外活動をはじめてからは、自分と会社の関係性が「雇用する側・される側」というよりも、「もっとも大切なクライアント」という感覚へ変化しました。

課外活動でクライアントと接する時は、自らの目に見える貢献価値が無ければ契約を即座に解除されてしまいます。常にアウトプットや貢献を考える必要がある訳です。

同じように、本業においてもパフォーマンスを発揮して求められる以上の価値を提供し続けるにはどうすればいいか?という視点で自分を客観的に捉えられるようになりました。

だからこそ、自分が求められない存在になってしまったとき、価値を発揮できなくなった時には、その役割・ポジションから外してもらった方がいいと思っています。こうしたプロフェッショナル的な感覚が芽生えてからは学びへの意識も強くなりました。

ずっと同じ会社・組織にいると「社内のことはなんでも知っている」という、慣れによる万能感が出てきますが、外の世界に出るといかに自分がなにも知らないかを思い知らされます。「クライアントへの価値提供」を意識するようになってからは、誰かに求められなくても積極的に学びにいく機会が増えました。
 

課外活動はマストではない。だからこそ、自然体で好きな人と好きなことをしよう

 
―最後に、課外活動を踏まえてこれから描いていきたいキャリアや展望について教えてください。
 
以前はキャリアを目的思考で考えていましたが、課外活動を通じて広がった偶発的な経験や、本業における様々なチャレンジした経験が後から点と点を繋ぐように結び付いてくるということを理解し始めてからは、いい意味で肩の力が抜けてきたと思います。

今では長期的なキャリアから逆算して構築していくというよりは、今自分が熱意を傾けられることや、自分なりの人生のミッションを意識しながら、周囲から求められる役割を果たし続けていきたいというスタンスに変わっています。

自分が今後起こる全てを理解している訳ではないので、どんなご縁で何が繋がっていくかということは、結局のところ自分では計算できませんからね。

所属や役職などの“外的キャリア”にこだわるのではなく、自分の中にたくさんある「もっとこうしていきたい」という“内的キャリア”と、価値観を共有できる人との関係性から生まれてくる世の中への貢献というものを大切にしていきたいと考えています。

課外活動はマストで行うものではありません。だからこそ、自分自身にとってやりがいや興味を持てることを、共感できる仲間と共に取り組んでいき、それを糧にしながら本業で100%以上の力を尽くして走れるようにする。そういう形が自分にとっての理想ですね。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵