三井化学株式会社グローバル人材部 副部長 兼 ヘルスケア事業HRビジネス・パートナー
小野真吾

海外営業、マーケティング、事業企画(戦略策定、投資、事業管理など)を経て、人事部にて労政、採用、グローバル人事、HRビジネスパートナー、戦略系人事(M&A責任者、組織開発など)を経験。現在はグローバル人事全般、タレントマネジメントや後継者計画などを手掛ける。

「自分の進むコースが見えてしまった」。大学1年生で休学を決意

 
 
ー最初に、小野さんが三井化学に入社された経緯についてお聞かせください。大学入学後すぐに2年間休学されたと伺いましたが、この意思決定の背景にはどのようなものがあったのでしょうか。
 
 
シンプルに言うと、自分がそれまで過ごしてきた価値観と違う世界観で生きてみたかったからです。
中学から大学までの一貫校で育ってきたので、大学進学後の、自分の進むコースがおおよそ見えてしまった気がしました。

その中で、自分中心の人生から、「人の為に時間と労力を注ぐ」という今までとは少し違った価値観にシフトしようと思い、大学1年生で2年間の休学を決めました。

休学中の2年間はボランティア団体に所属し、外国人と友人とルームシェアをしながら老人ホームや孤児院、介護施設でのボランティアに従事すると共に、様々な方々と人生についての対話をしてきました。

老若男女問わず、様々な方と交流し、共にボランティアに従事した外国人のルームメイトたちからも刺激を受けながら、自分の人生観、価値観を見つめ直し、視野を大きく広げることができました。
 
 
ーその後、就職活動で三井化学を選ばれた理由は何だったのでしょうか。
 
 
グローバルに働ける環境があるということと、若いうちから幅広く事業マネジメントが経験できるという理由から三井化学を選びました。

一緒に働く社員の方々も面白い人が多く「人の三井」の文化に惹かれたのもあります。

将来的には「経営」に従事することにも興味があったので、まずは新卒で若いうちから実業を幅広く経験出来る組織にいたほうが良いだろうと考えたんです。

入社後は海外セールスやマーケティングを経験し、入社4年目からは事業運営全般を司るプロダクトマネージャーを兼任しました。

とても忙しく動きの速い部署でしたが、その分やりがいもあり、充実していました。

そして、海外のパートナー企業やクライアントと一緒に仕事をしているうちに、「このままでは、自社を含め日本の企業はグローバル競争に負けてしまう」といった危機感を徐々に覚えるようになりました。
 
 

「このままでは海外に負ける」という危機感から、人事への異動を直談判

 
 
ー何故そう思われたのですか。
 
 
海外企業の方が圧倒的に意思決定のスピードが速く、優秀なリーダーも揃っていたからです。このままではあっというまに日本のメーカーと海外企業の差がつくのが目に見えていました。

そのためには抜本的に会社や組織を変える必要があると考え、「人事に行きたいです」と役員に直談判をしに行きました。
 
役員は、私の「人事から会社を変えたい」と言う想いを理解してくれた上で、「経営企画ではなく、人事に行きたいんだな?」と念を押しました。

会社を変えるのであれば経営企画という道の方が早いのでは、という意味の質問でしたが、私は人・組織の変革がないと、いくら綺麗な戦略を描いても絵にかいた餅で終わってしまうと考えていたので、「はい」と答え、人事に異動しました。
 
 

2期連続赤字を経験し、今までの採用が通用しなくなった

 
 
ー人事になられて、苦労された点はありましたか。
 
 
人事をやっていて難しいと感じる事は多々ありますが、採用をしていて一番困ったのは、自社の魅力や強みを明確に言語化できなかったことですね。

社内の人にヒアリングをしてみても、みんな「人の三井」としか言わないんですよ(苦笑)。さすがに魅力が“人”だけというのは曖昧すぎるので、それを自分なりに定義化することにはかなり苦労しましたね。
 
もう一つは、リーマンショックの直後で業績が2期連続赤字になっていたことから、業績が良かった時期に行っていた従来採用手法が通用しなくなっていたということです。

この厳しい状況の中で、将来会社を一緒に率いてくれるような人材をどのように採用すればいいのか、日々頭を悩ませていました。
 
 
ーそれについてはどのように乗り越えられたのですか。
 
 
“変革“というキーワードを打ち出し、自社の業績が厳しいことを認めつつ、これから迎える変革期に活躍してくれる人を求めているというメッセージを明確に打ち出しました。
 
また、魅力が”人”なのであれば、とことんそこに振り切ろうと決めました。

学生ひとりひとりの人生観に合ったリクルーターを配置し、学生が会いたいという人がいれば、部長であろうが役員であろうが、お願いして対応してもらう事にしました。

総合化学メーカーは何をしているのかどうしてもわかりにくい業種なので、明確に差別化要素を事業戦略から語るのが難しい。それであれば「人」と「働き方」を軸にしながら、学生にとことん向き合って対話しよう、というのが私の結論でした。
 
 
ーそのように社内を巻き込むために、どのような工夫をされていらっしゃいますか。
 
 
前提として、採用の重要性をわかっていない人はいないと思います。ただ、いまひとつ協力的になれないのは、人事部門への信頼がなかったり、採用に協力することで起こりうる“何か”を恐れたりしているからだと思います。

例えば現場の部長層の方であれば、部下が採用にかかりっきりになって本来の仕事をおろそかにしてしまうのではないか、残業時間が増えてしまうのではないか、など、労務管理の面で心配されたりします。

それを払拭するために、職場の若手社員を巻き込む際の留意点をしっかりと定め、それを現場の部長に説明して理解を得るというプロセスをきちんと踏み、一人一人に丁寧に説明をして納得を得ていくことが人事の務めだと思います。
 
 

人事には「青い血」と「赤い血」の二つが流れている

 
 
ー小野さんは採用だけでなく、労務、M&A責任者、組織開発など、HR領域の幅広い分野で経験を積まれていますが、人事にとって必要なものは何だとお考えですか。
 
 
人事には、「青い血」と「赤い血」の二つが流れていると思います。

「青い血」はロジックで、「赤い血」はパッションや感情を指しています。「青い血」だけで人を動かすことはできないし、「赤い血」だけでつっぱしってももちろんだめです。この「青い血」と「赤い血」を業務によって使い分けることが大切です。

例えば労務で福利厚生を担当していた時代は、現場の困りごとを理解する必要がありました。だから、社員と向き合って個々人の感情を理解するという観点で「赤い血」の割合が多かったです。

一方、リーマンショック後のコスト削減の業務を担当していた時代は、会社存続の為に戦略的に合理化を実行する「青い血」の割合が多かったと思います。

戦略的なことは「青い血=ロジック」で考え、個人ベースに落とし込むときには「赤い血=感情」を使う。この二つをうまく使い分けることが大切だと思います。
 
 

組織と人を好きになれるまで、“知る”努力をし続ける

 
 
ー最後に、これから採用に向き合う人へ伝えたいことは何でしょうか。
 
 
私からお伝えしたいことは二つあります。

まず一つは、自分が属している組織や仲間を好きになって欲しいということです。組織や仲間を好きになるためには、その組織や業務の事をもっと知る必要があり、学ぶことが大切です。

会社や組織について判断する時に、若い時は自分が接してきた人だけを通じて会社を理解しがちです。つまり、本当は会社組織って相当幅広い範囲を見ないと理解できないものなのに、非常に狭い限定的な範囲だけで考えてしまうことが多いんです。

もし自分の周りの組織や人、仕事が好きになれないのであれば、組織の枠を超えて違う部署に話を聞きに行って視野を広げてもいいと思います。採用は求職者のフロントとなる立場なので、人事が会社を好きでなければ、採用される人が可哀想です。

また、「好きになる」というのは、自分の組織だけではなく「求職者」に対しても同じです。じっくり相手の話を聞き、その人の人となりを知ることができれば、マスとしての対応ではなく、相手を個別化して考えるようになります。

「決まった採用数を充足する為の1人」ではなく、「向き合っている求職者一人一人の人生・キャリア」を見届けるつもりで採用活動を行なって欲しいです。
採用して職場に配置したら終わりではなく、その後その方々が活躍し生き生きとする姿を見届けてこその採用活動です。
 
もう一つは、社外にも積極的に自分なりのネットワークやコネクションを作ることです。人事はどうしても社内のネットワークばかりに目を向けてしまいがちですが、人事の仕事をする上で独自の社外ネットワークを持つことはとても大切です。

その広いネットワークの中で、自分とは違った他者視点を知ることもできます。また、時には、ゆるやかな関係性のネットワークの中から、ある人が自社のニーズに合致した必要な方であると気付き、そのまま自社へお誘いして入社に至る場合もあります。
 
人のご縁はどこでどう繋がるかわからないものです。

私は、グローバル人事の仕事で海外出張に行っている時でも、もしその国で活躍している素晴らしい方が居るという情報を得たら、例えその瞬間採用に直接つながらないとしても、足を伸ばして会いに行ったりしています。

何らかの新しいコミュニティへのお誘いがあれば、断らずに先ずそのコミュニティに参加してみて、人と会ってみたりしています。

採用担当者は多くの人々に会うと思いますが、その出会いが、直接採用業務に繋がるかどうかに限らず、人との縁を常に意識して長期的な視点で出会いを大切に考えることが重要だと思います。いつどこでどんなご縁があるかわからない先の読めない世の中ですからね。
 
 
ーありがとうございました。
 
 
編集後記:
タイトルにもある「青と赤の血」。青い血という『事業視点』と、赤い血という『個人に向けられる情熱』。これら二つが両立してはじめて、周囲を大きく巻き込み、事業貢献に繋げられる。全社変革の視点で人事・採用の重要性を信じ、ドラスティックに実行する小野真吾さんの熱量・行動力は衝撃的と言えるものでした。