パーパス経営、パーパス・ブランディング…ここ数年で「パーパス(社会的意義)」という言葉をよく耳にするという人も多いのではないでしょうか。

気候変動、新型コロナウィルスの感染拡大、ミレニアル世代やZ世代の台頭…このような社会の変化に伴い、企業も「短期的な利益」ではなく「社会における責任」を求められるようになっています。

採用におけるパーパス・ブランディングやESGという考えも広まりつつある今、企業にとってパーパスを掲げないまま事業運営を行うことは今後困難になるでしょう。

そこで本連載では、「パーパス」についてさまざまな取り組みを行なっている企業にインタビューを行い、パーパスを掲げるまでの経緯やその背景にあるもの、そしてパーパスを通じて実現したい姿についてお話を伺います。

第3回目は株式会社LIFULLでCPOを務める羽田幸広氏をゲストに迎えて、パーパスや経営理念が社内に浸透するまでの道のりと取り組みについてお話を伺いました。
 
 

株式会社LIFULL 執行役員 CPO(Chief People Officer)人事本部長
羽田幸広

上智大学卒業後、人材関連企業を経て2005年6月ネクスト(現LIFULL)入社。人事責任者として人事部を立ち上げ、企業文化、採用、人材育成、人事制度の基礎づくりに尽力。2008年からは社員有志を集めた「日本一働きたい会社プロジェクト」を推進し、2017年「ベストモチベーションカンパニーアワード」1位を獲得。7年連続「働きがいのある会社」ベストカンパニー選出(2011年~2017年)、健康経営銘柄選定(2015年度、2016年度)など、企業として高い評価を得るまでに導く。著書に『日本一働きたい会社のつくりかた』(PHP研究所)。

経営理念と日々の経営活動を一貫性のあるものにすることがミッションに

 
 
―当時ネクスト(現 LIFULL)では2005年に経営理念が明文化され、羽田さんはその直後に人事としてご入社されたと伺いました。2020年に発表された「新ステートメント」の土台とも言える経営理念が作られた背景と、それが社内で受け入れられ、浸透するまでの歩みについて教えてください。
 

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経営理念は、当社の経営の目的です。当社は経営理念を実現するために必要な事業活動を行っており、経営理念を簡単に言い換えるとコーポレートメッセージにある「あらゆるLIFEを、FULLに。」するということになります。78億人の人生、生活が充実したものになるように、事業によって社会課題を解決していくというイメージです。

社員への浸透という点では、社内で定期的に実施しているアンケートからも、ほぼすべて社員が「会社の経営理念の実現に貢献したい」と考えてくれていると読み取れますが、ここに至るまでには紆余曲折ありました。

2004年当時、代表の井上や社員が3か月程度をかけて当社の存在意義について議論を行い、2005年に経営理念が生まれました。その直後に私が人事として入社したので、入社した当時の経営理念は出来たてほやほやの状態でした。それにより、経営理念があまり社内に浸透していなかったように思います。

当時そのように感じたのは採用活動においてです。たとえば就活生向けの会社説明会において、経営理念の話をするもののサラッと流してしまっていたり、選考においても選考基準に経営理念に関するものがなかったりと、理念と活動が一貫していませんでした。

当時の当社はLIFULL HOME’S事業のみで他の事業は立ち上がっていませんでしたが、私は経営理念に則した形で住まい領域以外に興味を持つ人材も採用するようにしました。しかし配属部門のマネジャーからは「何故教育事業をやりたい人を採用したんですか?」と相談が入ることもありました。

また、「SWITCH」という新規事業提案制度に難色を示すメンバーも当時は少なくありませんでした。

主力事業を支えているメンバーからすると、新規事業の立ち上げに人材やお金が取られてしまうことが不満だったのかもしれません。しかし経営理念に照らし合わせて考えると、「あらゆるLIFEを、FULLに。」するためには、新規事業の創出は欠かせないものでした。

このように、採用活動ひとつをとっても、経営理念から逆算するのと社員が取り組んでいる事業から逆算するのとでは採用すべき人材の要件や採用プロセスが変わってしまいます。全社に経営の目的が浸透していないことは、企業経営において生産性の低下などにつながってしまいます。

この課題を解消することが、人事である私にとっても優先度の高いテーマになっていきました。
 
 

全部門でビジョンをつくる

 
 
―経営理念を浸透させるために、具体的にどのような取り組みをされましたか。
 
 
2012年から実施した「ビジョンプロジェクト」という有志の社員が理念浸透の活動を行う取り組みがもっとも効果的だったと思います。これは、米ザッポス社に視察に行ったメンバーが、同社のコアバリューの社内浸透ぶりに驚き、当社でも理念浸透を強化すべきだと考えて立ち上げたプロジェクトです。

そのプロジェクトの取り組みの一つとして行なったものに、「ビジョンツリー」というものがあります。これは、会社の全部門にビジョンをつくるというものです。

社員から「自分の日々の仕事が経営理念にどのようにつながっているのかわからない」という意見をもらったことをきっかけに、それであれば組織ごとにビジョンを作り、それをたどっていけばどのように経営理念につながるのかわかるようになるのではないかという発想で提案されました。

例えば私が管掌している人事本部であれば、経営理念に紐づいた人事本部のビジョンがあり、さらにそれに紐づく各グループのビジョンがあります。
 

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これらのビジョンは各組織のメンバーで話し合って作ります。経営陣や上司などが出来上がったものに意見することは一切ありません。ビジョンを作るためのガイドラインは渡していますが、ビジョンは本人たちが内発的動機に基づいて考えたほうがよいと思っているので、基本的には本人たちに任せています。

また、これらのビジョンは一度作って終わりではなく、半年に1度組織内で見直すことになっています。自分たちの存在意義である経営理念が変わることはありませんが、自分たちが置かれている状況に応じて部門ビジョンを見直すことは必要ですし、部門ビジョンや経営理念について考える時間を定期的に設けることで、社内に経営理念がより浸透していくことを期待しています。

この他にも、定期的に経営理念や経営戦略への理解度や共感度を測るテストやアンケートを実施して、経営理念が身近で当たり前のように感じられる仕組みづくりを行っています。
 
 

経営理念に共感した人材が、LIFULLに新しい風を吹かせる

 
 
―人事本部長の羽田さんから見て、新卒採用と経営理念についてはどのような関わりがあると思いますか。
 
 
LIFULLでは「メンバーの内発的動機を経営理念で束ねる」という方針をとっており、経営理念から外れない限りは自由に提案していいという風土があります。そのため、選考の場においても経営理念と近いベクトルの新しく自由な事業アイデアを語ってくれる学生が多いです。

実際、FRIENDLY DOORという「年齢」「国籍」「経済力」「社会的立場」などのバックグラウンドを理由に住まいを借りにくい人と不動産会社をつなぐサービスを立ち上げたのは、外国籍の新卒入社メンバーです。

新卒採用グループのビジョンに「最高の革進者を同志にする」という言葉があるように、当社の経営理念から逆算すると、ポテンシャル重視の新卒採用では、既存の常識にとらわれず、会社を変革する意志のある人材を採用することに意義があると考えています。

また、現在8人いる経営陣の中でLIFULL HOME’Sの事業責任者とCTOの2名が新卒入社なので、やはり新卒採用のインパクトは大きいと感じていますし、経営理念の発信を社内外問わず積極的に行なっているからこそ、「こんな事業をやりたい!」と言って入社してくださる方が多いのだと感じています。
 
 

パーパスから逆算して考える

 
 
―会社と採用におけるパーパスについてお伺いしましたが、羽田さんご自身のパーパスについてはどのようにお考えですか。
 
 
私個人としてこれから実現していきたいことは大きく3つです。一つはLIFULLを世界最高のチームにすること。当社の経営理念を実現するためには、組織としても世界レベルのチームになる必要があります。当社の社員は本当に素晴らしい人たちばかりなので、このメンバーであれば世界最高のチームが作れると心から思っています。

もう一つは、自分が学んだチーム作りの技術を多くの人に提供していくこと。私たちは幼い頃からさまざまなチームに所属しますが、不思議なことにチーム作りの技術について教わる機会はほとんどありません。会社だけでなく、子どもたちにもチーム作りの技術を伝えることができれば、社会課題の解消にもつながるかもしれません。とはいえ自分自身が道半ばなので、他者に伝えられるようにチーム作りについての学びを深めていきたいです。

そして3つめは、すべての人がWell-beingでいられる世界にすることです。当社は2018年に、国内外のWell-being分野の研究活動に対して助成を行う公益財団法人Well-being for Planet Earthを設立し、僕はそこの事務局長として活動しています。財団の活動を通じて、経済成長と幸福度のバランスが取れた社会づくりを目指していきたいです。
 
 
―最後に、パーパスについて考える人事の皆さんに向けたメッセージをお願いします。
 
 
私は、常に自社の経営の目的から逆算した活動をするようにしています。

採用においても、当社の経営理念を実現するために同志となってくれる人材を求めつつ、社是(会社の最も重要な価値観)が「利他主義」ということもあり、当社に入社しないとしても、経営理念にある“より多くの人々が心からの「安心」と「喜び」を得られる社会”をつくる人材として活躍し、よい人生を送っていただきたいなぁと思っています。

そのために、選考時に学生と一緒にキャリアを考えるアドバイザーをつけたり、学生向けに世界で活躍されている原丈人さんらのお話を聞ける機会を設けたりするなど、学生のためにもなる採用活動を心がけています。

人事は経営目的を達成するためにチームをつくるという使命を持つと考えていますので、常にパーパスから逆算して考えるということが重要かもしれません。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵