採用、組織開発、教育…日々の仕事に向き合う上で、人事の皆さんはどんな本を手に取り、どんな気づきを得ているのか。本連載では、毎回活躍している人事の方に”人事としての自分”に大きな影響を与えた1冊を選んでいただきます。ビジネス、伝記、小説、哲学…など、ジャンルを問わずさまざまな本の中から、その本を選んだ背景と特に印象に残ったところ、他の人事の方に勧めたい理由について伺いました。
【おすすめした人】
サイボウズ株式会社 Teamwork Support部 チーム運営支援チーム 綱嶋航平
2017年新卒入社。入社後は人事部にて、採用および社内人材の成長支援、組織開発支援に携わる。複業ではプロコーチとして、20~30代のビジネスパーソンを中心にコーチングセッションを実施している。
Q1.この本を読んだ時期、読もうと思ったきっかけは?
この本を読みはじめたのは、コーチングスクールの講師の方におすすめされたことがきっかけです。当時私はサイボウズに入社して3年目で、人事採用業務の傍らでコーチングについて学びはじめた頃でした。
モモは実家の本棚にずっと置いてあったので存在自体は知っていたのですが、子どもの私にとってはなかなか手に取りにくいボリュームで……(笑)。
でも、講師の方が「モモは現代に生きる私たちの価値観に重要な示唆を与えてくれるので、とてもおすすめです」とおっしゃっていたので、このタイミングで読んでみようと思いました。
Q2.この本を人事に勧めたい理由は?
先に内容について簡単に説明すると、主人公のモモが“灰色の男たち”という時間泥棒から盗まれた時間を取り戻すというファンタジーです。
“灰色の男たち”は街の人々に生きることを急かし、とにかく時間を無駄にするなと言います。それによって街の人々はどんどん効率的・機械的に時間を使うようになってしまうのですが、この“灰色の男たち”は効率至上主義の現代社会を象徴していると捉えることができます。
“灰色の男たち”にそそのかされた人々は、最短・最速で仕事や生活を回しているものの、浮いた時間には次から次へと別のやるべきことが舞い込み、心の休まる暇さえありません。それによって、大切な人たちと心を通わせる豊かな時間を失ってしまっているとも言えます。
これを採用の現場に置き換えてみると、私たち人事が“灰色の男たち”に取り込まれている状態になったとき、目の前の候補者の話に集中できなくなってしまいます。
とにかく効率的に仕事を回さなければということで頭がいっぱいになり、「次、次」という機械的な面談を繰り返してしまう……。忙しい人事の方には心当たりがあるのではないでしょうか。
一方、物語の中で主人公のモモはとても聞き上手な人物として描かれており、どんな人でもモモの前では自分でも気づいていなかったような胸の内を話しはじめてしまいます。
モモは相手の考えを引き出すような質問をするでもなく、ただじっと相手を見つめて注意深く話を聞くだけなのですが、話し手には自然と希望と明るさが湧いてくる。これは、モモがその心の豊かさゆえ、純粋に相手の話を聞けるからこそ起こる出来事だと思います。
逆に“モモ的ではない”話の聞き方をしているときは、自分の物差しで相手の話を聞いてしまっていて、「次に自分は何を話そうかな」「その考え方は違うでしょ」「自分と同じだ!」など、自分と会話している状態になってしまっているのではないでしょうか。
これは候補者の方とのコミュニケーションにおいても自戒になりますし、社内のメンバーとのコミュニケーションにおいても同様です。
オンライン上でメンバーの話を聞くふりをしながら内職をしたり、チャットを見たり……コロナ禍でリモートワークが広がってからは特にそういう場面が増えたのではないでしょうか。
お恥ずかしながら私も気を抜くとすぐに“灰色の男たち”に取り込まれてしまうので(苦笑)、時間に追われているときは同じようなことをしてしまいがちです。
この本を読むと、社会で働く私たちの時間の使い方について考えさせられます。もちろん効率的に仕事を捌くことをすべてやめる必要があるとは思いません。しかし、画面の向こうに生きている人がいることを忘れてはいませんかということを、まずは私自身に対して、そして多くの人事の方にも問いかける本だと思います。
Q3.綱嶋さんが大事にしている「読書ルール」は?
すぐに実践できて役に立つノウハウ本よりも、小説や古典、哲学のようにあとからじんわりと効いてくるような本を選ぶことが多いです。読んだ次の日から仕事に活かして成果を上げて……というものよりも、モモのように人生のふとした場面で「そうだったのか」と腑に落ちるような味わいを持つ本が好きなんですよね。
自分自身の心を土壌に例えてみると、実践的な本は肥料、小説や哲学に関する本は水のようなものだと感じます。どんなに知識や経験があっても、心に潤いがないと受け取れるものは貧相になってしまいますからね。
小説や哲学、古典など、日常生活ではあまり意識しない世界に触れると、自分自身の感受性の幅が広がり、候補者の方や社内のメンバーと話す中でも受け取れるものが多くなると感じています。
読んで印象に残った本は「#つな読書」というハッシュタグをつけて、備忘録的にTwitterで感想を綴っています。自宅の本棚には「積読」している本もたくさんありますが、まだ読んでいない本たちを見ているだけも心躍るので、まずは手に取ってみることが大事だと思います。
Q4.これから読みたい本、ジャンルは?
「よりしなやかで豊かな組織を創るには?」という観点の本はもっと読んでいきたいです。
その中でも特に気になっているのが『対立を歓迎するリーダーシップ』という本です。対立が起きたときに武力や調停で解決するのではなく、対立を安全な形で顕在化させた上で深い対話を行うことで、双方の想いを理解しあうというプロセスについて書かれています。
あらすじを読むと難解ですし、「本当にそんなことが可能なの?」と思う部分もありますが、引き続きサイボウズとしても新しいチームワークの形を発信していきたいと思っているので、今一番理解していきたい部分ですね。
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵