採用、組織開発、教育…日々の仕事に向き合う上で、人事の皆さんはどんな本を手に取り、どんな気づきを得ているのか。本連載では、毎回活躍している人事の方に”人事としての自分”に大きな影響を与えた1冊を選んでいただきます。ビジネス、伝記、小説、哲学…など、ジャンルを問わずさまざまな本の中から、その本を選んだ背景と特に印象に残ったところ、他の人事の方に勧めたい理由について伺いました。
 
 

【おすすめした人】
株式会社新潮社 総務部総務課 課長 森史明

1995年に新潮社入社。週刊誌記者、編集者の後に、大日本印刷へ出向し、音声配信事業に関わる。その後2003年に新潮社に戻り宣伝、PR部門を経て、2010年に総務部に異動。以後、新卒・中途の採用を担当。

おすすめした本
風の影
発売:2006 著者:カルロス・ルイス・サフォン

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Q1.この本を読んだ時期、読もうと思ったきっかけは?

 
この本を読んだのは初版が発売された2006年ごろです、当時私は30代半ばで宣伝部に在籍していました。

宣伝部はマスメディア向けに新潮社の本をPRする部署だったので、普段読む本のほとんどが新潮社の本だったんです。

ですから仕事以外で本を読むときには新潮社以外の出版社から出ている本、中でもとりわけ好きな海外文学の中から本を選ぶことが多く、そのときに出会ったのが『風の影』でした。
 

Q2.この本を人事に勧めたい理由は?

 
先に内容について簡単に説明すると、バルセロナの本屋の跡取り息子であるダニエルという少年が、『風の影』という本を書いた作者の過去をめぐって冒険に乗り出す…というストーリーです。

カテゴリーとしてはミステリーに分類されるのですが、若きダニエルが成長していく過程や、他の登場人物との会話の中に、恋愛、親子関係、仕事など人生におけるさまざまな場面で誰もが体験する辛さや切なさ、喜びや悲しみ、忘れがたい教訓が込められています。

「家のことは大工に、体のことは医者に、人生のことは作家に聞け」という言葉がありますが、この小説にはまさに人生の全てが詰まっていると感じたのを、今でもよく覚えています。

それを踏まえて私がこの本を人事の方に勧めたい理由は、主人公のダニエルを採用候補者である“学生”に重ねて読むこともできるからです。

若いダニエルには、恋愛や友情、裏切りや別れなど様々な出来事が起こります。女性に夢中になって仕事が手につかなくなる、なんて若いころには誰もが経験しますが、この小説を読むと、それが昨日のことのように感じられます。

ダニエルと同じように、これから社会に出る学生にとって、仕事や会社だけが人生のすべてではありません。彼らと接する中で、「この人は仕事にそこまで情熱を注げないタイプかもしれない」と思うこともあるでしょう。

だからと言って自分の価値観や仕事に対する情熱を一方的に学生にぶつけるのは、間違いだと思うのです。

「この人にとって人生の中でもっとも大切なことはなんだろう」ということを一歩引いた視点で考えながら、お互いにとって最良の選択ができるような対話をする。それが採用活動においてもっとも大切だと私は考えています。

上司には「自社をアピールして学生にエントリーしてもらうのが仕事だろ!」と叱られてしまうかもしれませんが、入社後にミスマッチをおこして若手社員が辞めてしまうのは、採用における一番の失敗ですからね。

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また、私のように40代以上の人事の方にもこの本をおすすめしたい理由があります。

私がまさにそうだったのですが、この年齢になって学生と話をすると、どうしても「青臭いな」「考えが甘いな」と感じる場面が増えてくると思います。加えて、人事経験が長くなってくると慣れも生まれてくるので、この場面ではこう言っておけばいいだろう、という瞬間も屡々あるのではないでしょうか。

でもよくよく考えてみると、目の前にいる学生は主人公のダニエルのようにこれから自分の人生を切り開こうとしているところで、考えが甘いのは当然のこと。それでも彼らは無限大の可能性を秘め、必死に生きようとしています。

この本を読むと、自分は主人公のダニエルのような希望にあふれた人たちと向き合う仕事をしているんだと、改めて気づくことができます。

これから採用に向き合う方にも、長く採用経験を積まれている方にも、それぞれ違った観点でおすすめしたい1冊です。
 

Q3.森さんが大事にしている「読書ルール」は?

 
今回おすすめした『風の影』のように、現実世界を離れて本の中の世界にどっぷり浸かれるような小説、あるいは哲学書を読むことが多いですね。

その中でうまい言い回しや深い言葉に出会ったときは嬉しいですし、きっと今日お話しした中でも今まで読んだ本のどこかにあった言葉を、無意識のうちに使っていると思います。

一方で、採用に関するノウハウ本はほとんど読んできませんでした。読んでおけばもっといい採用ができたのかもしれませんが、昔からノウハウ本というジャンルにあまり興味を持てなくて…。

採用について学びたいときは、人に会って話を聞くことの方が多かったですね。本の良さはいつでも手元に置いて読み返せること。一方で名刺があればいつでも人に連絡することができますから。

読書の仕方は人によってさまざまなので、どうしても興味を持てない本を無理に読む必要はないと思います。私のようにノウハウ本やマニュアル本がどうしても苦手という方は、読書以外でのインプット方法を探してみるのも一つの手ではないでしょうか。
 

Q4.これから読みたい本、ジャンルは?

 
採用とは離れたジャンルになりますが、ドイツのメルケル元首相の評伝を読みたいなと思っています。20世紀の優れた政治家の多くは戦争経験者でした。その経験が彼らの傑出した政治観、世界観の基になっていた。1954年生まれの彼女には戦争経験はありません。

それでもあれだけのリーダーシップを持ちえた背景には何があるのか、ということを知りたいと思っています。

採用や仕事をする上でもそうですが、人は過去によって作られるので、関係性を作る上でその人のルーツや背景を知ることはとても大事です。

過去の一部分だけを切り取って相手を完全に理解することは難しいですが、たとえばすごく嫌いな人がいても、「あの人はこういう経験をして、だからそんな風に世界が見えているのか」とわかれば、腑に落ちることもありますしね。

本質を知るために相手のルーツや背景を読み解くというのは、読書においても採用においても重要なテーマだと思っています。
 
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵