日本企業でも導入が進むAI採用。さまざまなサービスが開発・活用される一方で、その勝ち筋については手探り状態…という企業も多いのではないでしょうか。加えて、学生の中にはAIに判定されることへの違和感を感じている人も少なくありません。では、今後AIと採用はどのように共存し、どのような価値を創出していくべきなのでしょうか。HR領域におけるAI活用を推進し、自社では『不満買取センター』を運営するAI開発企業・Insight Tech(インサイトテック)の伊藤氏に、「AI×採用」における現状の課題と、今後の未来についてお話を伺いました。
伊藤友博 株式会社Insight Tech 代表取締役CEO
1999年早稲田大学大学院理工学研究科修了、三菱総合研究所に入社。ビッグデータマーケティング、AI(人工知能)を活用した新規事業開発を牽引。株式会社マイナビと共同でAIを活用したHR Techサービスを立ち上げるなど複数プロダクトをローンチ。その後、同社を退職し、2017年代表取締役社長としてInsight Techに参画。「声が届く世の中を創る」ことをVisionに掲げ、生活者の「不満」はイノベーションの種であると確信し、課題解決・価値創出にこだわる事業を推進。産学連携により開発するAI(人工知能)を不満の価値化に活かす。また、irootsにおけるデータ×AI活用支援もおこなっている。日本マーケティング学会学会員。
目次
「AI採用」に対する学生の不安はなぜ生まれる?
―現在、採用にもAIを取り入れる企業が増えていますが、伊藤さんが考える「採用×AI」の課題について教えてください。
いろいろな企業やサービスにおいてAIが取り入れられているという話を聞きますが、中には適切ではない使われ方をしてしまうケースもあります。
それが取り沙汰されると、当然ながら学生はAIを使った採用に不安を抱くようになり、企業側もその扱いについて慎重にならざるを得なくなる。
その結果、本来AIが持つ力を十分に発揮しづらくなっているというのが、「採用×AI」における現状の課題だと感じます。
このように、学生がAIを活用した採用に不安を抱いてしまう根本には、『情報の非対称性』があると考えます。
当然ながら企業側は学生の情報をどのように取り扱うかを把握していますが、学生側にはそれがわかりづらい。規約に書かれていたとしても、それを細かく読み込んで理解するのは難しいでしょう。
このような『情報の非対称性』によって、「自分の情報がネガティブあるいは減点に使われるのではないか」という不安が生まれてしまうのです。
デジタルネイティブだからこそ、情報の扱われ方に過敏になる
とはいえ、学生はデジタルサービスによる出会いやつながり自体を拒否しているわけではありません。
今は仲間や恋人をデジタルサービスで見つけられる時代なので、本来であればデジタルネイティブ世代の学生と「採用×AI」との親和性は高いはずです。
彼らは幼いころからネットやSNSに触れてきているので、情報リテラシーの感度はむしろ彼らの方が高いともいえるでしょう。
だからこそ、適切ではない使われ方をしていることが明るみになると一気に引いてしまう。
AIが本来持つ力を発揮して新卒採用をよりいいものにしていくためには、企業側が学生に向けて「あなたのこの情報をこのように使います」ということをもっとオープンに、わかりやすくすることが求められます。
科学的かつ納得感のある“人物像の定義”が、AI活用の第一歩
―「AI」と聞くとどうしても導入ハードルが高い印象を受けますが、まだAIを導入していない企業はまずなにからはじめるといいのでしょうか。
まずは「AIを使えば勝手にいい人を見つけてくれる」という過度な期待を捨てること。そうでないと、結果としてAIに振り回されることになってしまいます。
そして人事の方にはごく当たり前のことかと思いますが、求める人物像を明確に定義すること。求める人物像の定義が今までの経験値や感覚値によってしまっていると、うまくAIを指導することができません。
社内での共通認識はあっても、それが暗黙知になっているというのはよくあるケースなので、まずは求める人物像を明文化していくところからはじめることをおすすめします。
―求める人物像を定義するうえで気をつけるポイントはなんですか。
抽象度が高いと意味がないので、極力定量化すること。
すべてを数値化するのは難しいと思いますが、入社時の適性検査の結果や面接での発言と、入社後の活躍度合い、あるいは早期離職などのファクトとを関連付けて分析し、自社での活躍社員を客観的に評価することが重要です。
これらの分析から導き出す人物像のタイプは1パターンとは限りません。「行動力があってガッツがある人」だけでなく、「ガッツはなくてもロジカルな人」など、複数のパターンを定義できると良いでしょう。
そのようにして導き出した複数の人物像を、今までの経験値や感覚値とずれていないかという目で見て、科学的かつ納得感のある人物像が定義することが大切です。
一方的な工数削減ではなく、双方向での“出会い”を創造する
―採用においてフィッティングという概念が登場して久しいですが、AIを活かして学生と企業とのフィッティングを実現するための課題はなんでしょうか。
活躍社員のデータから近い人をAIがレコメンドするだけでは工数削減の範囲を出ず、企業だけがメリットを享受することになってしまいます。
AIを活かした企業と学生のフィッティングを実現するためには、一方通行ではなくお互いがメリットを享受できなければいけません。
では、AIのフィッティングによる学生側のメリットはなにかというと、知らなかった企業に出会い、気づきを得ることでしょう。
どうしても学生は名前を知っている企業に目を向けがちですが、AIによってゆるやかな情報提供やレコメンドがされると、「こんな企業があるんだ」と視野が広がりますし、それは企業側にとってもメリットになります。
ここでポイントになのは、あくまでも学生への提案が「こんな企業があなたに合っています!」という決めうちのレコメンドではなく、「この企業はどう?」というゆるやかな情報提供であることと、情報提供された根拠をきちんと公開すること。
学生は普段の生活の中でレコメンドされ慣れているので、決めうちのレコメンド対して「これは広告じゃないのか?」と敏感になりがちです。
だからこそ、「あなたの●●の部分と、この企業の●●の部分に共通点があります」と具体的に根拠を公開することが大切です。
AIを活用する主体者、多くの場合は企業側にメリットが偏ってしまうのはある程度仕方のないことですが、それでは過去の再現にとどまってしまう、あるいは今の採用競争力を前提としているものになってしまいます。
学生にとって出会いや気づきを提供できるAIは、長期的な視点で見ると企業にとってもよいものになるでしょう。
AIを活用にするにあたり、オープンでフラットな観点を持つことが結果として双方にメリットがもたらすと考えます。
過去の再現にとどまらず、“未来志向”のAI採用を
―今後、採用とAIはどのように共存するべきでしょうか。
現在のAIは過去を再現することに偏りがちですが、これからは“未来”というキーワードももっと取り入れていくべきではないかと考えます。
もちろんAIのベースになるのは過去のデータなので、それを踏まえた予測を否定する気はまったくありません。
ただ、活躍社員と同じ傾向の人を採用するというような過去の再現にとどまってしまうと、非連続な成長や不確実性への対応ができなくなり、延長線上での企業成長しか見込めなくなるというのが、これからの課題になってくるでしょう。
それを解決するためには、自社の活躍社員だけでなく、これからの社会やビジネス戦略で求められる人物像を新たに定義していく必要があります。
そのような“未来志向”の人物像がAIによって定義できれば、個人もそれに沿った形でのスキルや経験を身につけることができるので、AIの提案によって未来の可能性を最大化できるのではないかと期待します。
もちろんそのようなAIは企業単独で作れるものではないので、中長期的且つ業界俯瞰的な観点で、企業同士がコンソーシアム的に集まり、自社だけでなく社会全体をよりよくしていくという意図をもってデータを相互に活用し合える仕組みを作っていく必要があります。
個人情報の問題には十分に配慮する必要がありますが、企業の垣根を超えた適切な情報共有をおこないながら、“未来”と“社会”をキーワードにした「採用×AI」が実現することを期待しています。
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵