グーグルのシニアマネージャーを務めたのち、現在はインフォマートの執行役員として人事・広報などを牽引する前田誠さん。人事未経験でありながら、マーケティングの経験を活かして新卒採用を含む組織の課題に挑んでいます。グーグル出身のマーケターから300名規模の人事役員へと転身した前田さんに、人事採用とマーケティングの共通点、内定辞退の解決策、人事に勧めたいマーケティング入門書などについてお伺いしました。
 

株式会社インフォマート 人事・総務・人材開発・法務・広報 執行役員 前田誠

Aflac, Google などを経て、2016年にインフォマートに入社。マーケティング組織の立ち上げ、データに基づく意思決定の推進、広報部門などを執行役員としてリード。2022年より現職。

「アウェー戦じゃないと成長しない」。グーグルを辞め、インフォマートへ

―前田さんは2007年から2016年までの約 9年間、グーグル社においてシニアマネージャーなどを務められていたとのことですが、具体的にはどのような業務に携わられていたのですか?
 
メインで携わったのは、検索連動型広告とYouTube広告をマーケティングソリューションとして提案する営業職です。どちらも当時の日本では一般的ではない手法だったので、立ち上げにはかなり苦労しました。

特に当時のYouTubeは「違法アップロードサイトでしょ?」程度の認知度しかなく…。YouTubeのアメリカ本社に呼ばれて「なぜ日本ではYouTubeの広告が売れないんだ」と詰められたこともありました(苦笑)。

立ち上げには苦労しましたが、キーワード検索に連動してクリック課金の広告が表示される検索連動型広告も、広告がスキップされたときには課金されないYouTubeのTrueView(トゥルービュー)広告も、本当に広告を見た人にだけ課金が発生するという仕組みが広告主に評価され、その後広く普及していきました。

この仕組みによってYouTubeの広告で稼げる人が現れ、YouTuberという職業が誕生したということを含め、画期的な手法だったと思います。

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―その後グーグル社を離れ、当時300名規模だったインフォマートにご入社された理由について教えてください。

自分の中で「アウェー戦じゃないと成長しない」という感覚があったので、グーグル社が自分のホームになってきたと思いはじめたタイミングで退社を決めました。

最初はスタートアップに参画したものの、自分の経験と能力を活かす環境を作ることができず…。

そんなときにインフォマートの創業者である故・村上勝照氏に出会い、その壮大なビジネスプランに興味を持つと同時に、デジタルマーケティングという観点で力になれるのではないかと思い、2016年に入社しました。
 

人事採用とマーケティングの共通点とは

―2021年まではデジタルマーケティングの推進に携わられていたと伺いました。具体的にどのようなことからはじめられたのですか?
 
村上氏からは「なんでもやってみていいよ」と言われていたので、まずは社員との1on1からはじめました。

既存の社員の方からすると私は得体の知れない人間なので、自分はこういう人間で、こういう部分で力になれると思いますが、何か困っていることはありますか、と。

その中で出てきたのが、①マーケティングの近代化、②顧客満足度の計測とその改善・向上、③データに基づく意思決定の促進でした。

経営者が熱意や能力で引っ張っていくことも大事ですが、それと同時に意思決定の透明性や公平性が担保されていないと、社員はやる気を失いがちです。人には主観というものがあるので、全員に対して公平であることは難しいですが、100と200を比べて100の方が大きいと言う人はいないですよね。

だからこそデータに基づいた意思決定を促していく必要があると提案し、それを推進するためのチームを率いていくことになりました。
 
―2022年からは広報・法務と兼任で人事の責任者を務められていますが、マーケティングから人事領域に移られて戸惑うことはありましたか?
 
人事採用に関しては門外漢だったので、当然ながらインプットしなければいけないことはたくさんありましたが、基礎となる考え方は同じだと気づきました。

「マーケティングとは何か?」という問いに対する答えは人によって異なると思いますが、私は「お客さまの期待に応え続けること」だと解釈しています。

人事においても根本的な考え方は同じで、「お客様」が「経営者と社員」になるだけです。

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近年、HR業界において『人的資本』というキーワードがホットになっていますが、要は働く人のやりがいを計測し、それを高めていかないといけないよね、ということだと思うんです。

マーケティングには『NPS』という顧客ロイヤリティや利用意向継続度を測る指標がありますが、社内においても考え方は同じで、何を改善すれば社員のロイヤリティが上がり、この会社で働き続けたいと感じるのか。

アンケート結果から課題を特定し、改善策を実行していくことに変わりはありません。

マーケティングと違うところがあるとすれば、人事分野は簡単にテストマーケティングができないということでしょうか。特に評価や報酬制度に関しては朝令暮改というわけにはいきません。

だからこそ、改善策を短期/中長期に分けて実行し、経営者と社員の期待に応え「続ける」必要があると考えます。
 

「優秀ゆえに辞退率が高い」。この課題にマーケティングでどう向き合うか

―前田さんは新卒採用にも携わられていますが、その中でマーケティングのご経験が生きた場面はありましたか?
 
「なぜ新卒採用をやるのか?」という問いに対し、データで答えを出せたのは大きな一歩だったと思います。

SaaS企業への注目度の高まりにより、私が人事になった年から応募数が一気に増えたのですが、その一方で内定辞退率も高くなりました。

優秀な方は内定を複数獲得されるので、優秀な方に応募いただけていること自体は悪いことではないと捉えていたのですが、新卒採用結果をレビューしたときに、社内で「そもそもうちの会社が新卒採用をやる意味はどこにあるんだろう?」という議論が生まれたんです。

もともとうちは経験者採用の比率が高かったですし、新卒入社だから長く勤めるという時代でもありませんから、私も「確かに新卒採用に投資する意味ってどこにあるんだろう?」と考えはじめたんです。

そこで一から新卒採用の意義を調べるため、社内のデータや定性的な声を分析してみたところ、①新卒入社者の評価は一定量高い、②新卒入社者のOJTを経験した社員の成長率が高い、ということがわかりました。

この2つの結果から、新卒採用をおこなう根拠がクリアになり、議論を前に進めることができました。
 
―「応募者が優秀ゆえに辞退率が高い」という課題を抱えている企業は多いと思いますが、解決のヒントはどこにあると考えますか?
 
まずは自社のポジショニングとターゲットを明確にすることです。

インフォマートがBtoB企業であることは変えられないので、知名度の高い企業に行きたいと強く望んでいる人にいくら内定を出しても意味がありません。

グミやガムの広告を年配の方に出し続けてもあまり意味がないのと同じです。

「大学生」と一括りにせず、私たちにとってのお客様が誰かを定義し、仕掛けていくことが重要です。

当社を例にあげると、インフォマートには『育つ環境/育てる環境』がある、とよりしっかりと打ち出していくことが解決策の一つだと考えています。

当社はSaaSという言葉がない時代からSaaSをやっている企業なので、導入いただいたお客様に対して非常に手厚くオンボーディングをおこなうカルチャーが根付いており、それは社内においても同じです。

当初メジャーリーグ志望だった大谷選手が日本ハムを選んだように、こちらの方が成長できる環境があると思ってもらうことができれば、優秀な人材に選んでもらえるチャンスは十分にあると考えます。
 

マーケティングは比較的学びやすい分野。まずは入門書を1冊手に取ってみて

―自社の新卒採用において、今後もっと改善していきたい部分はどこですか?
 
新卒採用にはナビサイトや人材紹介、ダイレクトリクルーティングなどさまざまな手法がありますが、各チャネルにおける係数管理をもっと細かくおこなっていきたいと考えています。

先ほどグミやガムの広告を例に挙げたように、内定につながらないチャネルには意味がないですから。

もちろんそれを広告宣伝費と捉える考え方もありだとは思いますが、人事という立場としては、内定者から逆算したチャネルの評価というものを積極的におこなっていきたいです。

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―最後に、これから人事採用にマーケティングを取り入れていきたいと考えている方にメッセージをお願いします。
 
伝統的なやり方はとても重要ですが、新たな視点、新たなスキルを身につけることで今までにはなかった解決策が見つかると思います。

その中でもマーケティングは比較的学びやすい分野です。マーケティングにはさまざまな流派があるので、どこから始めればいいか迷うかもしれませんが、まずは自分に合いそうな入門書を1冊手に取ってみるのがおすすめです。

個人的な意見ですが、私の場合はメンバーをはじめとした初心者の方に下記の本をおすすめしています。ご興味のある方は参考にしてみてください。
 
 
<前田誠氏のマーケティングおすすめ本5選>

1.行動経済学の使い方(岩波新書) 
「人間は常に合理的ではないですし、直感的な意思決定をすることもある、ということを教えてくれる書籍です。そうした存在であるからこそ、マーケティングが活きる、と思いますし、『人』に関わるのは人事も同じなので、人事施策の立案や運用にも参考になると思います。」

2.新人OL、つぶれかけの会社をまかされる(青春新書PLAYBOOKS)
「マーケティングってなんだろう?と興味をもった人事の方に、最初に読んでいただくと良い書籍だと思います。テンポの良いストーリーを読んでいくことで、マーケティングの具体的な考え方を知ることができると思います。漫画版もあります。」

3.ブラックマーケティング 賢い人でも、脳は簡単にだまされる(KADOKAWA)
「不安を掻き立てる商法がなぜ続くのか、といったブラックな面を、脳科学の分野から解説を試みていただいている書籍です。よりマーケティングに興味を持たれた方にぜひ。」

4.データ・ドリブン・マーケティング―最低限知っておくべき15の指標(ダイヤモンド社)
「デジタルマーケティングの特徴の一つである、データを活用した迅速な改善、を実例の表や数値を用いて、学べる書籍です。実際、マーケティング担当の執行役員に就任した際に、チームメンバー全員の皆さんに読んでもらいました。」

5.インバウンドマーケティング(SBクリエイティブ)
「『お客さんが情報を欲しいタイミングにそれがきちんと準備できている』状況を産み出せれば、無理矢理な施策をしなくても良いこと教えてくれます。情報が溢れている現代に即したマーケティングについて解説いただいている書籍なので、インバウンドマーケティングをリクルーティングに取り込むのに参考になると思います。」
 
 
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵