創業者である稲盛和夫氏の著書を読み、「ここまで稲盛さんに共感している自分であれば、必ず採用される」という想いで京セラに人事として新卒入社した石原 健一朗さん。入社一年目から「会社を変えたい」という一心だったが、周囲からは「大物ぶるな」と言われてしまったことも。それでも京セラで教育体系の再構築を行い、その後活躍の場をダイドードリンコへ移す。現在は人事のシニアマネージャーとして採用を牽引しながら、他社の経営・人事コンサルティングも手がけている。「人事のプロフェッショナルになりたい」と語る石原さんのキャリアについて伺った。
ダイドードリンコ株式会社 人事総務部人事グループ シニアマネージャー 石原健一朗
大学卒業後、京セラ株式会社に入社し、在職中は一貫して人材開発、組織開発に従事。 教育研修の全社統括部門において、階層別教育や役職別教育を新規で立ち上げ、教育体系の再構築を実施。 2015年にダイドードリンコ株式会社に入社後は、次世代リーダーの育成選抜プログラムを主軸に据えた教育体系の構築に従事しながら、採用、人材開発、組織開発、制度構築、人事企画まで幅広く従事。
目次
「ここまで稲盛さんに共感している自分であれば、必ず採用される」という自信があった
―石原さんは新卒で京セラにご入社されていますが、そこに至るまでの経緯について教えてください。
私は就職氷河期と言われる時期に就職活動をしていたので、景気に左右されないほど高い技術力を持っているBtoB企業に興味を持っていました。また、経営者の考え方を最も重要視していたのですが、稲盛和夫さんの書籍を読み、自分の考え方や志が言語化してあるかのように感じました。
京セラに入りたいと思ったのはもちろんのこと、今振り返れば若者らしい生意気な考え方ですが、「ここまで稲盛さんに共感している自分であれば、必ず採用される」と思い込んでいたので、京セラの選考には既に内定をもらっていた会社をすべて辞退して臨みました(苦笑)。
そしてありがたいことに、最終選考の面接官が、当時の教育部門の部門長の方だったことがご縁となり、教育研修の企画部門へ配属となりました。
当初は営業志望であったことに加え、社会人経験もない中で、教育体系の再構築という役割を担うことに不安はありましたが、もともと教育領域には興味がありましたし、教育企画という仕事は今振り返っても天職であったと思っています(笑)。
人は人によって良い方にも悪い方にも変わる。教育には人を良い方に変える力がある
話は学生時代にさかのぼりますが、私は中高一貫のいわゆる進学校に通っていました。中学2年生の時の担任が偏差値至上主義のような価値観であったことに違和感があり、勉強の本質を取り違えているように思えた当時の私はその先生に反発して勉強しなかったため、成績は学年最下位レベルでした。
しかし、ある一人の先生が最後まで諦めずに自分を信じてくれたことをきっかけに猛勉強を始め、科目によっては学年トップまでのぼりつめるようになりました。
この一連の出来事から、「人は人によって良い方にも悪い方にも変わる」ということを学び、それであれば自分は人を良い方に変える存在になりたいと思うようになりました。
大学生になってもその想いは変わらず、勉強嫌いの生徒を専門に担当する家庭教師のアルバイトをしていました。最初は自己肯定感が低かった子が、勉強を通じて徐々に自分に自信をつけていく姿を見るのはとても嬉しかったですし、社会人になっても何らかの形で人を良い方に変えていく手助けをしたいと思っていました。
「大物ぶるなよ」と言われた人事一年目時代
―教育研修の企画部門ではどのような業務をされていたのですか。
正規の仕事としては、新規研修について上司が企画した内容を基に、研修マニュアルを作成したり、プロ用の編集機を使って教材作製なども行っていました。
そのような中、仕事の合間などの機会を見つけては様々な組織に入り込み、現場の問題をヒアリングし、密かに課題解決支援も行うなどして様々な社員との関係構築にも努めました。
入社したてで何も成していない自分は、教育企画という仕事においては、最初から大きな貢献はできませんし、現場の人たちにも簡単には受け入れられなかったためです。
実際、入社してすぐに「京セラをもっと良くしたい」とばかり言っていたころ、周りの人から「大物ぶるなよ」と言われてしまったこともありました(笑)
早く周囲からの信頼を得るために、各部署からのクレームなど、他の人がやりたがらない仕事を率先して引き受け、徐々に周りとの信頼関係を築いていきました。
そして入社後10年が経ち、自分の集大成とも言えるリーダーシップ開発の要素を盛り込んだ管理職クラスの研修を立ち上げて全社展開し、教育体系の再構築が完成したタイミングで、京セラを去ることにしました。
本当の意味での「戦略人事」を体現し、人事のプロフェッショナルとなるためにダイドードリンコへ
―次のフィールドとしてダイドードリンコを選んだ理由について教えてください。
せっかくフィールドを変えるのであれば、京セラとは180度違う企業に行こうと思ったからです。強烈なカリスマ性を持っている経営者がいないこと、オーナー企業であること、ファブレス企業であること、そして人事領域全般を把握できる規模感であるなど、転職先の企業に求める条件に当てはまったのがダイドードリンコでした。
当時は「戦略人事」という言葉が流行り始めた頃でしたが、当時の私には、人材開発や組織開発領域については多くの経験や専門的な知見もありましたが、人事領域全般を戦略的に捉えるというイメージは描けませんでした。
経営戦略に基づき、人事施策を戦略的に策定し運用することで人事のプロフェッショナルになることも目指していましたが、人事領域の一部だけを担当していては、本当の意味での戦略人事にはなれませんし、自分は人事のプロフェッショナルであるとの自覚を持つことも叶いません。
そのため、社長との距離も近く、経営戦略をもとに採用から育成、制度設計までを一貫して行うことができるダイドードリンコで人事としての腕を磨きたいと考えました。
採用と育成はつねにセットでなければいけない
―ダイドードリンコではどのようなことから取り組まれたのですか。
入社当初は育成をメインで担当していましたが、17卒の新卒採用にもテコ入れを行うことになり、採用から育成まで一貫して担当するようになりました。どちらもやってみて思ったことは、採用と育成はセットで行わないとうまくいかないということでした。
採用で押さえるべき最も大切なポイントは、入社後に育成困難な要素であると考えており、例えば、創造性やエネルギー、適応力やリスク志向性などが該当します。逆に、育成可能なコミュニケーション能力や交渉スキル、自己認識や顧客志向などは入社後に伸ばすことができます。ご存知の方も多いと思いますが、これは服部泰宏氏の「採用学」を参考にした考え方です。
前職でも採用面接官など採用活動にも携わっていましたが、育成が比較的可能な要素を面接で確認し、育成困難な要素の深掘りができていない印象を持っていました。私が採用を主管する立場になった際には、採用から育成まで齟齬のない理想的なスキームで構築したいと考えて実行しました。結果的に、選考辞退率0%も達成でき、採用の成功にもつながっていると考えています。
採用とは、“求職者を選別する場”ではなく、“長期的な関わりを作る場”
―採用を行う上でうまくいかなかったことはありますか。
テコ入れをする前は、まさにうまくいっていませんでした(苦笑)。
その中で一番反省し、大きな教訓を得たのは、ダイドードリンコに入って最初に採用を担当した際、人をさばくような面接をしてしまったことです。
採用を成功につなげるためには一人でも多くの学生に会う必要があると考え、一人あたりにかける時間を最小限にしていました。蓋を開けてみると、好印象を持っていた一定数の学生から、選考辞退という“答え”をつきつけられました。
学生の立場で考えれば、たとえ入社する気がなかったとしても、選考過程でその企業への興味が強かったり、有意な気付きや学びがあれば選考を途中で辞退はしないだろうと思います。
それまでは「学生を多く集めてその中から選ぶ」というのが採用の正攻法だと思っていましたし、その方法が採用における常識でもあるかもしれませんが、この失敗をきっかけに採用の在り方を見直すことができました。
―現在はどのようなことを意識して採用に取り組まれていますか。
一言で言えば、目指すべき指標を変えました。内定承諾率という指標を追うのではなく、選考辞退率をゼロにすることを目指しました。1次面接で当社に入社してもらいたいと思った学生が、内定出しの段階でも全員辞退せずに残ってくれている状態を目指すことにしました。
優秀な人は選択肢も多いため内定辞退されるリスクはありますが、たとえ採用人数を満たさなかったとしても、本当にダイドードリンコで活躍してくれそうだと確信を持った人にだけ入社をしてもらう方が本質的であると考えています。
結果的には辞退率も下がりましたし、辞退されたとしても数年後に中途採用でダイドードリンコへの入社を希望される人もいます。そのような縁を作るためにも、選考では学生一人一人のキャリアに向き合うようなアプローチを大切にしています。
現在私を含め、採用に携わっているメンバー全員がキャリアコンサルタントの国家資格を取得していますが、資格未取得者に対しては、私が自ら養成講座も実施して資格取得を支援しています。
学生に対して、「採用する・落とす」という求職者を選別するような考え方ではなく、長期的な関わりを作る場だと捉え、キャリアカウンセリングの要素を盛り込んだ選考を行なっています。
学生との対話では、経験談に“体温”と“体重”が乗っているかどうかを確認している
―学生と向き合う上で、重要視しているポイントはどこですか。
学生と対話する際は、話の内容である中身を確認すると同時に、経験談を話す言葉に、体温と体重が乗っているかどうかを確認しています。
何かしらの挫折や逆境に身を置いた経験を深掘りし、そこからどんな教訓を得ているかによってその人の軸を確認するのですが、「挫折とは何か」ということをまずは伝えるようにしています。挫折とは単なる失敗ではなく、限界まで全力を出した人だけが経験できる貴重な機会であり、そういった状況に身を置いた経験談が語れる人は“体重”が乗った話ができますし、その経験を通して有意な教訓を得ている人の話には“体温”を感じるものです。
学生時代の経験を通じて、体温を感じる体重の乗った話ができる人は自分の軸をしっかり持っていますし、社会人になっても挫折を恐れずにチャレンジし続けられる人だとおもいます。
「どんな仕事をしてきたか」ではなく、「どんな意味を持たせてきたか」でキャリアは決まる
―今後石原さんが取り組んでいきたいことを教えてください。
世の中でリーダーシップを発揮できる人を作り、育てていきたいと考えています。しかし、「リーダーはリーダーしか育てられない」という言葉がある通り、そのためにはまず自分がリーダーシップを発揮する必要があります。これまでも本業の人事業務において、リスクを取りながら様々なことにチャレンジする中で得られた経験やノウハウを、登壇などを通じて社外にも惜しみなく発信してきました。
現在は複業として、経営や人事のコンサル業や研修講師業に勤しんでいる他、フードデリバリーのプラットフォームビジネスにも興味があったため、UberEatsの配達員も始めました。
配達員という仕事で、日々の創意工夫しながらお客様に貢献することは純粋に楽しいですね。本業では味わえない多くの気付きや学びがありますし、働くという本質に気付かされる多くの貴重な経験を積めていると思っています。
新卒採用では学生に対して、「仕事とは」という話をよくするのですが、本業の人事としての内務系の話よりも、この配達員の経験の方が学生にとってイメージしやすいこともあり、反響が大きい印象があります(笑)。
最近ではYouTubeに自分のチャンネルを立ち上げましたので、今まで登壇など限られた場でしか発信できていなかったような情報に加え、複業での気付きや学びについても積極的に発信していきたいと考えています。
本業だけでなく複業での経験を通じて、転職の際に思い描いていた人事のプロフェッショナルに近付いているという実感があります。
―最後に、これから採用に向き合う人へ伝えたいことは何でしょうか。
採用という仕事をまずは深めていってほしいです。
そのためには、採用という仕事が自分にとってどういう意味があるのか、自分と相対した人にどういう意味を持たせたいか、ということを深く考える必要があります。
キャリアを考える上で重要なことは、どんな仕事をしてきたかではなく、携わる仕事に対して自分はどんな意味を持たせてきたか、どのように意味付けをしてきたかで決まると思います。
求職者や社員など、社内外の人と多く関わりを持てる仕事だからこそ、相手に対してどんな貢献ができるのかということを、深く、そして具体的に掘り下げてみてほしいです。