新卒で西武セゾングループへ入社し、営業を経て人事の道を歩みはじめた安田雅彦さん。人事としてのキャリアを順調に進んでいきますが、ある出来事をきっかけに「自分の人生を会社に握られるなんてまっぴらだ」と感じるようになったといいます。グッチグループジャパン、ジョンソン・エンド・ジョンソン、アストラゼネカ、ラッシュジャパンを経て、独立という新たな挑戦をはじめられた安田さんに、今までの歩みでみえてきた”人事としてのあり方”についてお話を伺いました。
株式会社We Are The People 代表取締役 安田雅彦
1967年生。1989年に南山大学卒業後、西友にて人事採用・教育訓練を担当、子会社出向の後に同社を退社し、2001年よりグッチグループジャパン(現ケリングジャパン)にて人事企画・能力開発・事業部担当人事など人事部門全般を経験。2008年からはジョンソン・エンド・ジョンソンにてSenior HR Business Partnerを務め、組織人事や人事制度改訂・導入、Talent Managementのフレーム運用、M&Aなどをリードした。2013年にアストラゼネカへ転じた後に、2015年5月よりラッシュジャパンにてHead of People(人事統括 責任者・人事部長)を務める。2021年7月末日をもって同社を退社し、自ら起業した株式会社 We Are The Peopleでの事業に専念。 ソーシャル経済メディア「NewsPicks」ではプロピッカーとして活動。
目次
「社会人になったら真人間になろう」と心に決めていた
ー最初に、安田さんのルーツについて教えてください。
私は名古屋出身で、就職で東京に出るまでは地元を離れたことがほとんどありませんでした。祖母、大叔母、両親、姉、私、妹という女性の多い家族構成だったので、昔からいわゆる“男性社会”が苦手で、今でも女性より男性に囲まれる方が緊張します。
もともと勉強が苦手なタイプではなかったのですが、大学に入る頃にはすっかり勉強から遠ざかり…。学費を払ってくれていた親には申し訳ないぐらい、アカデミックとはかけ離れた生活をしていました。
ただ、「社会人になったら真人間になろう」という気持ちはずっと持っていたので、就活には比較的真面目に取り組み、最終的には西武セゾングループを含めた数社から内定をいただきました。
内定はあるのに、単位がない。それでも「自分は絶対なんとかなる」。
―新卒として西武セゾングループへの入社を決めた理由について教えてください。
決め手になったのは、経営者の堤氏が掲げていた「消費生活を文化にする」というポリシーへの共感です。
西武セゾングループは西武百貨店を中心にホテルや外食、金融などの多角化経営をおこなっていましたが、その中でも渋谷パルコは象徴的な存在でした。
地元から離れたことのない私にとって東京のカルチャーは憧れの存在でしたし、西武セゾングループの拠点が名古屋にほとんど無いこともかえって魅力的でした。
ここであれば東京に出て面白い仕事ができる!と確信し、他社の内定を蹴って入社を決めました。
そこまでは良かったのですが、それまで遊び続けていたツケが大学4年生になって返ってきてしまい…。
西武セゾングループの人事から「卒業は大丈夫だろうな」と毎週のように電話がかかってくるほどでした(苦笑)。
大学1年生のころよりも大学に通って、睡眠時間を削りながら死にものぐるいで勉強し、ギリギリのところで卒業しました。
元はと言えば自分のせいなのですが、本当にハードな経験だったので、それ以来どんなことがあっても「自分は絶対なんとかなる」と思えるようになりましたね。
“荻窪のエアコン王”から一転、人事の道へ
―89年に新卒で入社し、入社4年目で家電量販店のセールスから人事へとご異動されたのは安田さんのご希望だったのですか。
いえ、人事への異動は晴天の霹靂でした。
“荻窪のエアコン王”と呼ばれるほどセールスの仕事は自分の性に合ってしましたし、早く店長になることだけを考えていたので、最初はなぜ自分が異動になったのかまったくわかりませんでした。
おそらくですが、活きのいい若手社員を現場から本社に送って経験を積ませるという一種のキャリア教育で、それなりに売上成績が良く社員寮の寮長も務めていた私が目に止まったのかなと想像しています。
セールスの現場は基本的に個人で対応することが多かったので、組織の一員として働くという経験は私にとってとても新鮮でした。報連相という言葉を覚えたのも、人事になってからでしたね。
人事部に異動してからはおもに高卒採用を担当しており、高校回りから説明会の実施、選考、入社手続き、新入社員研修、初任者研修までを一手に請け負っていました。
当時は大量採用の時代で毎年500人ほどの高卒生採用を目標にしていたということもあり、若手らしく体力勝負で日々働いていました。
「会社ってなくなるんだ」という衝撃が、その後のキャリアを決定づけた
―その後、教育訓練プログラムの策定・実施、子会社での人事経験を経て2001年にグッチグループジャパンへ移られた経緯について教えてください。
きっかけになったのは、出向先の子会社が解散することになり、社員の契約解除に関わる仕事を担当したことでした。
「会社ってなくなるんだ」ということ自体が衝撃的な経験であり、社員160人と契約解除についての面談をしたり彼らの受け入れ先を調整したりする中で、「自分の人生を会社に握られるなんてまっぴらだ」と感じるようになっていきました。
そして会社に頼らなくても生きていけるよう、人事のプロとしてのスキルを身につけていきたいと感じたことがその後のキャリアを決定づけることになりました。
そのときに出会ったのがグッチグループジャパンで、彼らが求める「小売経験あり・人事制度を作れる・若手人事」という要件と「人事制度を運用するだけでなく、自分で作りたい」という私のニーズがぴったり一致し、オファーをいただく形で入社に至りました。
4社の外資経験から見えてきた、転職に失敗する人の特徴とは
―グッチグループジャパンをはじめとして、その後安田さんはジョンソン・エンド・ジョンソン、アストラゼネカ、ラッシュジャパンと外資系企業での経験を積まれますが、日系企業との違いを感じることはありましたか。
第一に感じたのは、多様性の違いですね。
グッチグループジャパンへ移ったのは2001年ごろでしたが、当時からすでに年下上司は当たり前でしたし、国籍も多様でLGBTQ+をオープンにしているメンバーも少なくありませんでした。
あとは、自分の責任を果たすということへの貪欲さと、責任感の強さでしょうか。
彼らの姿を見て、成果責任を問うことが本当の意味でのフェアであり、成長する組織を作っていくのだなと学びましたし、人事としても「給与を決めるため」ではなく、「人の成長を促すため」の人事制度を作りたいと強く感じました。
―逆に同じ外資系であってもそれぞれにカルチャーの違いがある中で、安田さんが意識されていたことはありますか。
私の転職のポリシーは、「先住民を絶対に否定しない」ということです。
誰にとっても転職先はだいたいカオスで、最初から「ここはベストなお湯加減だなぁ」なんていうことはないです。
ただ、そのときにギャーギャー騒ぐか、無理をしても「いいお湯加減ですね」と言えるかでその後の結果が変わってくるんだと思っています。
たいていの人は早く成果を出さなければと焦ってしまい、「もっとここを変えましょう!」と否定から入ってしまうのですが、私の経験上そういう人はだいたい失敗します。
まずは彼らの共通言語を話し、今いる人たちに共感する。その上で自分が培ってきたものをソリューションとして徐々に出していく…という流れを入社から90日間のスパンでやるように意識していました。
2000年からの21年間でさまざまな企業を経験してきましたが、転職の成功の秘訣はそういった計画性にあると思います。
「板挟みの自分」を嘆くひまはない。最後まで向き合い続ける人事になれ
―2021年にラッシュジャパンを退社し、自ら起業した株式会社 We Are The Peopleでの事業に専念されることになった経緯を教えてください。
ラッシュジャパンを離れた理由は、入社して5、6年経つと違う景色が見たくなってくるという自分の習性が影響しています。
その中で転職ではなく独立を選んだのは、ラッシュジャパンの人事統括責任者として「スポークスマン」的な役割を担い、外部に色々な情報や考え方を発信をする中で、自分の経験が他者の役に立つかもしれないと思いはじめていたからです。
ただ、当時の立場で発信していると、「それって外資系・大手だからできるんですよね」と言われることが多々あり…。
本当はやるかやらないかだけの違いなのに、肩書きだけでそう受け取られることがすごく悔しかったんです。
だったら独立し、本質的にやらなければいけないことは変わらないと証明してやろうと思い、中小企業向けの人事コンサルティングをはじめました。
HR領域では「ジョブ型」「パーパス」などさまざまなキーワードが生まれていますが、人事のいない中小企業はなかなか手が打てない。
結局コンサルに高いお金を払って小難しい制度を入れたものの、経営者すらそれを理解できておらずうまく運用できない…というのはよくある話です。
そういった課題に対して、「わかりやすい言葉でわかりやすい制度をつくる」というアプローチをおこない、日本の99%を占める中小企業をもっと元気にしていきたいです。
―最後に、これから採用に向き合う人へのメッセージをお願いします。
人事をやっていて、100%ハッピーという人はまずいないと思うんです。
特に経営陣と現場の板挟みになってしまう…というのはよくある悩みだと思いますが、「板挟みになって可哀想な私」と自分に同情しているだけでは、なにも解決しません。
苦労しながらもあなたがその会社にいるのはなんらかの価値があるからで、その価値を紐解いて光を当て、未来にドライブをかけていくのが人事の仕事です。
人事としてそこにいることを選んだのであれば、最後まで諦めず、会社にも現場にも、そして社員個人にも向き合い続けてほしいです。
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵