「世界で通用する人材になりたい」という想いを胸に、P&Gと日本GEで人事としての幅広い経験を積んだ後、更なる挑戦を求めて2018年にメルカリへ参画した木下さん。メルカリの創業者である山田氏からグローバルを見据えた相談を持ちかけられたときには、そのチャレンジングな内容に驚いたといいます。「日本全体に多様性のある会社を増やしていきたい」と語る木下さんのルーツから現在に至るまでの歩みについて伺いました。
株式会社メルカリ 執行役員CHRO 木下達夫
P&Gジャパンで採用・HRBPを経験後、2001年日本GEに入社。
GEジャパン人事部長、アジア太平洋地域の組織人材開発、事業部人事責任者を経て、2018年12月にメルカリに入社、執行役員CHROに就任。
目次
「同じ市内の学校でも、こんなに雰囲気が違うのか」。組織カルチャーに興味を持った中学時代の原体験
ー最初に、木下さんのルーツについて教えてください。
共働きの家庭で育ったので、親はいわゆる放任主義でした。唯一やれと言われていたのは家事ぐらい(笑)。皿洗い、掃除、洗濯など、当時にしては結構家事をやっていた方だと思います。
勉強や習い事をしろとは一言も言われませんでしたが、代わりに「やらないで困るのはあなただよね」という厳しさもあったので、小学生の頃から“自己責任”という考えに基づいて行動していました。
学校の先生が家庭学習を点数化して教室に貼り出したときには、どうしても一番になりたいという気持ちから自分で毎日の学習メニューを組んだこともありました。月曜日は漢字を100個書く、火曜日は算数ドリルを何ページ解く…という感じで。
このような幼少期の環境や経験が今の自分の基礎になっていますし、それは新卒で外資系企業を選んだことにもつながっているように思います。
もう一つ、自分のルーツを振り返ったときに人事という仕事につながる原体験があります。
中学生のときに引っ越しをした関係で別の中学へ転校したのですが、同じ市内の公立中学校にも関わらず、転校前の学校とカルチャーがまったく違ったんです。
転校前の中学校はどちらかといえばやんちゃな人が多く、「部活や行事を真面目にやるのってかっこ悪いよね」という雰囲気がありました。しかし転校先は部活が盛んな学校で、先生と一緒に過ごす時間が長いぶん、生徒が先生をあだ名で呼ぶぐらい仲が良かったんです。
強制されなくても文化祭や体育祭にも生徒が積極的に参加しており、「同じ市内の中学校でもこんなに雰囲気が違うのか」と衝撃を受けたことを覚えています。他の人で言うところの海外留学や転職と同じぐらいのカルチャーショックだったのではないでしょうか。
この違いに加えて私が興味深かったのは、私にとっては驚きでも、当人たちにとってはそれが常識になっているということ。
これは転職ともよく似ていますよね。
会社ごとの常識はそれぞれ異なりますが、入ってしまえばそれが当たり前になるし、そこにいる人たちは他社との違いに気づかない。しかし、私のように他の場所から来た人は「この組織のカルチャーを作っている要因は何だろう?」と一歩引いた目線で組織をみることができる。
中学時代のこの経験は、組織カルチャーをつくる人事としての原体験になっています。
バックパッカーを経験して、いかに自分が井の中の蛙だったかを知った
ー木下さんは新卒でP&Gにご入社されていますが、そこに至るまでの経緯について教えてください。
ビジネスの実務について学びたいと思い、大学は商学部を選びました。
面白いと思った教科はすべてA、つまらないと思った教科はCやD評価ばかりでした(苦笑)。興味のあることにだけ猛烈にコミットするという性格は今も変わっていませんね。
今は人事も経営をわかっていないといけない時代なので、このときに会計や財務について学んでおいて本当によかったなと思います。
就職先を選ぶうえでもっとも大きな影響を与えた出来事は、大学3年生から4年生にかけて休学し、バックパッカーとして世界中の国を回ったことです。
いろいろな新興国をみて回ったことでいかに自分が井の中の蛙だったのかということを知りましたし、同時に日本だけでなく世界で通用する人材になりたいと強く思いました。
それに加え、先ほどお話しした自己責任や自律が求められる外資系企業の方が自分には合うだろうということから、ご縁のあったP&Gに入社しました。
―P&Gでは新卒から人事を務められていたということですが、それは木下さんのご希望だったのですか。
そうです。はじめはマーケティングに興味を持っていたのですが、マーケティングの考え方を活かして採用や組織づくりをおこなうというのも面白そうだなと思い、人事を志望しました。
入社してからは理系と文系の新卒採用をそれぞれ2年半、最後の1年はHRBPを担当しました。
新卒採用をおこなう中で、よりP&Gに合う方にご入社いただけるよう「P&Gに入ると市場価値が高められる」ということを新卒採用でも打ち出した方がいいんじゃないですかという提案をしたことがありました。
P&Gで働く人のモチベーションは終身雇用ではなくグローバルスタンダードの中で身に付く専門性のはずなのに、それを新卒採用で打ち出さないのはもったいないと思ったんです。
「新卒採用の場で転職を前提とした話を出していいのか?」と一部で物議を醸しましたが、世界に通用する一流の人材を育てる環境があることを学生に知ってもらった方が絶対にいいと説得し、最終的にはOKをもらいました。
このように自身で工夫しながら新卒採用に取り組み、一定の成果を残せたことには満足していたのですが、入社6年目でHRBPを担当した際、いかに自分が採用以外のことを知らないかということを痛感させられました。
人事のプロフェッショナルになりたい。多様な経験を求めてGEへ
そんなときに知り合いからGEが2年間のHRリーダーシップ・プログラムというものを開催していることを教えてもらい、興味を持ちました。
HRリーダーシップ・プログラムは8カ月ずつ計3回にわたり異なる実務経験を通して次世代の人事リーダーを育てるというもので、特に魅力的だったのが3回の実務ローテーションのうち1回は人事以外の仕事も経験できるというところでした。
人事のプロフェッショナルになるためにはもっと幅広い経験を積む必要があると考えていたので、GEへ移ることを決めました。
―GEではどのような業務をご経験されたのですか。
プログラムでは日本の営業育成、アメリカ・カナダでの内部監査業務、最後はタイの工場人事を経験しました。日本、アメリカ、カナダ、タイとそれぞれの国で多様な経験を積むことができたので、やはりプログラムに参加してよかったと思います。
プログラム修了後は日本GEプラスチックスで営業部門を変革するためのシックス・シグマプロジェクトを経て、日本GEプラスチックス工場の人事責任者に着任しました。
P&G時代にもHRBPとして組織の人事を担当したことはありましたが、拠点をまるごと任されるのははじめてでした。しかも工場の場合は生産性がすぐ数字に反映されるため、一つの事業体をマネジメントするという意味でより経営に近い人事経験を積むことができました。
はじめのころは工場の存続に対する不安から拠点メンバーのモチベーションはかなり低かったのですが、日系メーカーの新製品開発を担う拠点になろうと呼びかけ、メンバーを連れて他の拠点の視察に連れていったりするうちに彼ら自身が少しずつ自分たちの役割を認識し、目的を持って仕事に励むようになったんです。
それによって工場の生産性も大きく改善され、最終的には新製品の開発・量産にも成功しました。人事責任者に着任した当初は100点満点中平均で30点だったメンバーのモチベーションスコアも、2年間で平均80点まで改善されました。
メンバーはほとんど変わっていないにも関わらず、ここまで組織の雰囲気が変わるのかと驚きましたね。
それまではプロジェクト単位でコンサル的に課題解決をおこなうことが多かったので、拠点の人事責任者として組織を根本から変えていくという経験はすごく面白かったです。
「それはGo BoldではなくToo Boldじゃないか…」。メルカリ創業者・山田氏との出会い
―その後、2018年にメルカリのCHROに就任された背景について教えてください。
自分のキャリアについて考えるようになったきっかけは、GE時代にサバティカル休暇を取り、再び世界一周をしたことでした。
中国のように大学時代から劇的に変わっている国もあれば、以前とあまり変わっていない国もありましたが、いずれにせよ世界全体としては発展を続けており、その中で日本のプレゼンスが下がっていることも実感しました。
その旅を経て「世界に通用する人材になりたい」という大学時代の初心を取り戻し、復帰後は日本GE人事部長を経てASEAN地域の人材・組織開発ディレクターとしてマレーシアに赴任しました。
マレーシアではさまざまな国から集まった優秀なメンバーと一緒に働いていた経験から、日本企業ももっとグローバルな人材登用を仕掛けていかなければならないと思うようになりました。
するとちょうどそのころ、メルカリの創業者である山田から「外国籍のエンジニアを積極的に採用したものの、彼らが活躍できる環境をどのように作ればいいのか悩んでいる」という相談を持ちかけられたんです。
すでに全体の2割を外国籍の社員が占めていることや、創業して2年でアメリカに進出していたことを知り、「それはGo Bold(メルカリの掲げるバリューの一つ)ではなくToo Boldじゃないか…」と思ったことを覚えています(笑)。
しかし、これからもっといろいろな国から優秀な人材を採用し、アメリカだけでなくいろいろな国でメルカリの事業を広げていきたいという山田の熱意に打たれ、CHROとしてメルカリに入社しました。
メルカリだけでなく、日本全体に多様性のある会社を増やしていきたい
今では社内の半分が47カ国の外国籍社員で占められており、人事制度も海外の人からみてもわかりやすいグローバルスタンダードに変えました。
退職率やエンゲージメントの観点からみても日本人と外国籍社員の間で差はなく、むしろ外国籍社員からのリファラル採用も活発になっています。
公用語は英語にしていないものの、エンジニアの日本人社員は英語でのコミュニケーションが求められるので、かなりコミットして勉強しています。そのおかげで、社内のテキストや外国籍社員との1on1はすべて英語に切り替わりました。
多様な人たちを活かせる会社こそ強い経営、強い組織を作れるというのが私の仮説で、世界で勝つために通らなければいけない過程をメルカリは今まさに歩んでいます。
もちろんまだまだ発展途中ではありますが、この過程の中で得られたノウハウを他の日本企業にも共有することにより、社会にポジティブな影響を与えることができればと考えています。
▲多様性の受容を推進するためのワークショップ研修資料を無償で公開している(メルカリ採用サイト内より)
このような取り組みを今後さらに増やし、メルカリだけでなく日本全体に多様性のある会社を増やしていくというのが個人としての目標でもあります。
採用は“Go Bold”かつ、人と企業がwin-winになる仕掛けを
―最後に、これから採用に向き合う人へのメッセージをお願いします。
採用はマーケティングであり、それをいかに“Go Bold”、つまり大胆にできるかが試される面白い役割です。
マーケティングおいて重要なのはいかに他社と差別化するかということですが、それが独りよがりになってはいけません。候補者と企業がお互いにwin-winになる形で、できるだけ大胆な打ち手を打つことが大切です。
例えばメルカリでは、採用したインターン生50人を一人一つの州に派遣し、2週間のフィールドワークで得た情報をもとに最後は経営陣に提案するという「BOLD INTERNSHIP in USA」を開催しています。
学生はアメリカでのフィールドワーク経験を踏まえて経営陣に提案するという機会が得られますし、メルカリは調査会社を頼らずに現地の情報を得られて、かつそのインターン経由で優秀な人材を採用することができています。
このように両者にとってwin-winな提案を仕掛けていくことで、社会にとっても大きなインパクトを与えることができます。
採用という仕事に向き合うみなさんの手によって、大胆でwin-winな取り組みがたくさん生みだされていくことを願っています。
取材:小笠原寛、文・編集:西村恵